童子問 / 卷下
問。宋儒謂。天文地理律曆兵刑五運六氣及素問等書。皆當理會。此意如何。曰。大凡關學術政躰者。皆當講究。其他知亦好。不知亦無害。禮樂兵刑治天下之具。不可不講。然須要先講究其理如何。若其度數條目之詳。則臨時考之。亦可矣。律曆之法。伶官星翁之所職。以此爲儒者之業。則非也。故曰。籩豆之事。則有司存。葢古者。有其才則爲之。非其才。又非其好。則不强爲。醫藥之事。亦然。
新字:問。宋儒謂。天文地理律暦兵刑五運六気及素問等書。皆当理会。此意如何。曰。大凡関学術政体者。皆当講究。其他知亦好。不知亦無害。礼楽兵刑治天下之具。不可不講。然須要先講究其理如何。若其度数条目之詳。則臨時考之。亦可矣。律暦之法。伶官星翁之所職。以此為儒者之業。則非也。故曰。籩豆之事。則有司存。葢古者。有其才則為之。非其才。又非其好。則不強為。医薬之事。亦然。
書き下し
問ふ、宋儒謂ふ、天文・地理・律暦・兵刑・五運六気及び素問等の書、皆当に理会すべし、と。此の意如何、と。曰く、大凡学術政体に関はる者は、皆当に講究すべし。其の他は知るも亦好く、知らざるも亦害無し。礼楽兵刑は天下を治むるの具なり、講ぜざるべからず。然れども須らく先づ其の理の如何を講究すべし。其の度数条目の詳の若きは、則ち時に臨みて之を考ふるも、亦可なり。律暦の法は、伶官星翁の職とする所なり。此を以て儒者の業と為すは、則ち非なり。故に曰く、籩豆の事は、則ち有司存す、と。蓋し古は、其の才有れば則ち之を為し、其の才に非ず、又其の好みに非ざれば、則ち強ひて為さず。医薬の事も、亦然り。
現代語訳
問う。宋の儒者は、天文・地理・音律と暦・兵法と刑罰・五運六気、および『素問』などの医書は、みな理解しておくべきだと言う。この考えはどうか。答える。おおよそ学術や政治のあり方にかかわるものは、みな研究すべきである。そのほかのことは、知っていてもよいし、知らなくても害はない。礼楽・兵・刑は天下を治める道具であるから、研究しなければならない。しかしまずその道理がどうであるかを研究しなければならない。その数量や細目の詳しいところは、必要な時に調べてもよい。音律や暦の法は、楽官や天文官が職とするものである。これを儒者の仕事とするのは誤りである。だから(論語に)「祭器の籩豆のことは、係の役人がいる」と言う。思うに古の人は、その才能があればそれを行い、その才能がなく、しかも好きでもなければ、無理に行わなかった。医薬のことも同じである。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之六人の異学に迷ふ者多きは、何ぞや。曰く、只是れ理を燭すこと明らかならざるに因る。明らかならざる者は、学の粗にして精しからざるに因るのみ。之を学びて知を致さば、則ち之に迷ふことを得ず。且つ偏性有るの人は、一たび聞見する所に迷へば、則ち僻を成して、終身悟らず。惜しいかな。
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『慎思録』巻之四堯舜の如きは、一の中の字を説きて足る。孔子に至りて仁を説き義を説く。孟子に至りて仁義礼智を説き、浩然の気を説き、性善を説く。皆前聖の未だ発せざる所なり。堯舜は唯だ中を説く。孔子に至りて中庸を説き、子思始めて中和を説く。此れ時変世態人心の然らしむる所にして、已むを得ざるの故なり。程朱は後人の気を認めて理と為し、理を将て低く看了りて、陰陽と渾雑せんことを恐る。故に分開して説くのみ。蓋し理は是れ天地の道、万物の本根、陰陽の主宰なり。其の至貴至粋は、陰陽の比すべきに非ず。故に分析して説き、気と別物為ることを知らしむ。苟も渾説せば、則ち恐らくは後人習ひて察せず、其の理湮晦して分明ならざらん。故に分開して説くも、亦た自然の勢ひ、已むを得ざるの意なり。後学の為に教へを立つるの道は、時に随ひて宜しきを為す。固より当に此の如くなるべし。是れも亦た先賢の微意なり。後人の敢へて議すべき所に非ず。朱門末学の徒の如きは、愈分析すれば則ち愈紛雑す。惟だ夫子明道の渾融して説く者と、伊川朱子の分析して説く者とを取り、各其の意趣を極め、其の異同を以て離合して看れば、則ち渾説分説、各微意有り。此の如くならば、則ち恐らくは講学に益有らん。学者幸はくは一を執りて論ずべからず。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段争で文字にて尽くすべきや。元来天地の体は、文字を離れて死活無きゆゑに、古今変らず。命は用なるゆゑに、動きて変るなり。理は体なるゆゑに、動かずして常なり。其の変らざる物を、理と名づけたると知るべし。文字は事を天下に通す器の如し。理は其の主なり。子曰く、権量を謹むと。称錘や斗斛も、天下の通用を以て宝とす。学問の道も亦かくのごとし。理をきはめ、天道聖人の心、通用するを以て宝とす。聖人理を窮め性を尽くして以て命に至りたまふに依りて、古今に通用して宝となる。此の理を知るを、学問の本と決定すべし。理、明らかなれば、万事、時の宜しきに合ふべし。
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