童子問 / 卷下
問。老子曰。有生於無。宋儒以爲。無中含有。異同如何。曰。兩說固當有分別。然言及有無。則所爭亦不多。老子以虛無爲本。以謂禮儀三百威儀三千。皆聖人以意創之。故以禮爲僞。爲矯人之具。宋儒以爲。至無之中。自有三百三千之理。特聖人爲之節文。以敎人。是其所以有分別也。然聖人之制禮也。考諸時世。揆諸人事。或循時俗之所用。而爲之節文。何必察至無之中有此理。而制之哉。畢竟飾詞焉耳。晦翁答袁樞詩云。若識無中含有象。許君親見包犠來。即芥子納須彌之說也。易曰。大哉乾元。萬物資始。乃統天。至哉坤元。萬物資生。乃順承天。是天道之極至。萬有之本原。猶人之有元陽也。所謂太極云者。亦便指此一元氣而言。則不可謂之無物也。亦不可向此上面。別求所謂無者也。諸子區區。辨有無二字者。皆不知大易之奧旨也。大抵有生於無之論。本出於俗見。雖世俗不識字之人。少有智慧者。皆能道有生於無。老子特造其妙焉耳。
新字:問。老子曰。有生於無。宋儒以為。無中含有。異同如何。曰。両説固当有分別。然言及有無。則所争亦不多。老子以虚無為本。以謂礼儀三百威儀三千。皆聖人以意創之。故以礼為偽。為矯人之具。宋儒以為。至無之中。自有三百三千之理。特聖人為之節文。以教人。是其所以有分別也。然聖人之制礼也。考諸時世。揆諸人事。或循時俗之所用。而為之節文。何必察至無之中有此理。而制之哉。畢竟飾詞焉耳。晦翁答袁枢詩云。若識無中含有象。許君親見包犠来。即芥子納須弥之説也。易曰。大哉乾元。万物資始。乃統天。至哉坤元。万物資生。乃順承天。是天道之極至。万有之本原。猶人之有元陽也。所謂太極云者。亦便指此一元気而言。則不可謂之無物也。亦不可向此上面。別求所謂無者也。諸子区区。弁有無二字者。皆不知大易之奥旨也。大抵有生於無之論。本出於俗見。雖世俗不識字之人。少有智慧者。皆能道有生於無。老子特造其妙焉耳。
書き下し
問ふ、老子曰く、有は無より生ずと。宋儒以為へらく、無中に有を含むと。異同如何。曰く、両説固より当に分別有るべし。然れども言有無に及べば、則ち争ふ所も亦多からず。老子は虚無を以て本と為し、以謂へらく礼儀三百・威儀三千は、皆聖人意を以て之を創ると。故に礼を以て偽と為し、人を矯むるの具と為す。宋儒以為へらく、至無の中に自ら三百三千の理有り、特聖人之が為に節文して、以て人に教ふと。是れ其の分別有る所以なり。然れども聖人の礼を制するや、諸を時世に考へ、諸を人事に揆り、或は時俗の用ふる所に循つて、之が節文を為す。何ぞ必ずしも至無の中に此の理有ることを察して、之を制せんや。畢竟飾詞のみ。晦翁袁樞に答ふる詩に云ふ、若し無中に有象を含むことを識らば、君に許す親しく包犠を見来たることをと。即ち芥子に須弥を納るるの説なり。易に曰く、大いなるかな乾元、万物資りて始む、乃ち天を統ぶ。至れるかな坤元、万物資りて生ず、乃ち順ひて天を承くと。是れ天道の極至、万有の本原にして、猶人の元陽有るがごとし。所謂太極と云ふ者も、亦便ち此の一元気を指して言ふ。則ち之を無物と謂ふべからず。亦此の上面に向つて、別に所謂無なる者を求むべからざるなり。諸子区区として、有無の二字を弁ずる者は、皆大易の奥旨を知らざるなり。大抵有は無より生ずるの論は、本俗見より出づ。世俗の字を識らざるの人と雖も、少しく智慧有る者は、皆能く有は無より生ずと道ふ。老子は特に其の妙に造るのみ。
現代語訳
問う。老子は「有は無から生じる」と言い、宋儒は「無の中に有を含む」と言う。その異同はどうか。答える。両説にはもちろん区別がある。しかし有無を論じるという点では、争うところは大して多くない。老子は虚無を根本とし、礼儀三百・威儀三千はみな聖人が自分の考えで作り出したものだとした。だから礼を偽りとし、人を矯める道具とした。宋儒は、至無の中におのずから三百三千の礼の理があり、聖人はただそれを節度ある形に整えて人に教えたのだとした。これがその区別のあるゆえんである。しかし聖人が礼を制定するには、時世に照らし、人事に量り、あるいは時の世俗が用いているものに従って節度ある形にしたのである。どうして至無の中にこの理があることを察してから制定する必要があろうか。結局は言葉の飾りにすぎない。朱熹が袁樞に答えた詩に「もし無の中に有の象を含むことを知るなら、あなたが自ら伏羲に会ってきたと認めよう」とあるが、これは芥子粒に須弥山を納めるという仏の説である。易経に「大いなるかな乾元、万物はこれによって始まり、天をすべる。至れるかな坤元、万物はこれによって生じ、順って天を承ける」とある。これは天道の極致、万有の本源であって、人に根本の陽気があるようなものである。いわゆる太極というのも、この一元気を指して言ったものである。だからそれを何物もないと言ってはならない。またその上に別にいわゆる無を求めてはならない。諸家がこまごまと有無の二字を論じるのは、みな易の奥深い趣旨を知らないのである。そもそも有は無から生じるという論は、もとは俗見から出たものである。世間の字も知らない人でも、少し知恵のある者なら誰でも「有は無から生じる」と言える。老子はただそれを巧みに言い表したにすぎない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
-
論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
-
論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
-
論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
-
論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
-
論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る