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童子問 / 卷下

問。何謂以活法治活物。曰。學問須要看活道理。不要守著死道理。枯艸陳根金石陶瓦之器。謂之死物。以其一定無增减也。人則不然。不進則退。不退必進。無一息之停。不能若死物然。故君子不貴無過。而以能改爲貴焉。若宋慶元諸老之學。銖銖而量。寸寸而校。把捉矜持。欲一毫無容人之指摘。故其德緊急嚴勵。而不見寬裕温柔氣象。此之謂見死道理。而不見活道理。惟南軒東萊二公。寬綽可樂。葢氣質使然。至於學問。不多爭耳。君子終日乾乾。夕惕若。戰戰競競。如臨深淵。如履薄氷。然其心。則綽綽然有餘裕矣。故聖人之言。如泛然。而意實到。見活道理故也。

新字:問。何謂以活法治活物。曰。学問須要看活道理。不要守著死道理。枯艸陳根金石陶瓦之器。謂之死物。以其一定無增减也。人則不然。不進則退。不退必進。無一息之停。不能若死物然。故君子不貴無過。而以能改為貴焉。若宋慶元諸老之学。銖銖而量。寸寸而校。把捉矜持。欲一毫無容人之指摘。故其徳緊急厳励。而不見寛裕温柔気象。此之謂見死道理。而不見活道理。惟南軒東萊二公。寛綽可楽。葢気質使然。至於学問。不多争耳。君子終日乾乾。夕惕若。戦戦競競。如臨深淵。如履薄氷。然其心。則綽綽然有余裕矣。故聖人之言。如泛然。而意実到。見活道理故也。

書き下し

問ふ、何をか活法を以て活物を治むと謂ふ。曰く、学問は須らく活きたる道理を看ることを要すべし。死したる道理を守著することを要せず。枯艸陳根、金石陶瓦の器は、之を死物と謂ふ。其の一定にして増減無きを以てなり。人は則ち然らず。進まざれば則ち退き、退かざれば必ず進み、一息の停まること無し。死物の然るがごとくなること能はず。故に君子は過ち無きを貴ばずして、能く改むるを以て貴しと為す。宋の慶元の諸老の学のごときは、銖銖にして量り、寸寸にして校し、把捉矜持して、一毫も人の指摘を容るること無からんと欲す。故に其の徳緊急厳励にして、寛裕温柔の気象を見ず。此れを之れ死したる道理を見て、活きたる道理を見ずと謂ふ。惟南軒・東萊の二公は、寛綽にして楽しむべし。蓋し気質の然らしむるなり。学問に至つては、多く争はざるのみ。君子は終日乾乾として、夕べに惕若たり。戦戦競競として、深淵に臨むがごとく、薄氷を履むがごとし。然れども其の心は、則ち綽綽然として余裕有り。故に聖人の言は、泛然たるがごとくにして、意実に到る。活きたる道理を見るが故なり。

現代語訳

問う。生きた方法で生きたものを治めるとは、どういうことか。答える。学問は生きた道理を見ることが必要であり、死んだ道理を固守してはならない。枯れ草や古い根、金石や陶器・瓦の器は死物という。決まっていて増えも減りもしないからである。人はそうではない。進まなければ退き、退かなければ必ず進み、ひと息の間も止まることがない。死物のようにはいかない。だから君子は過ちがないことを貴ばず、よく改めることを貴ぶ。宋の慶元年間の諸先生の学問などは、一銖ごとに量り、一寸ごとに比べ、かたく握りしめて身を持し、少しも人に指摘される余地のないようにしようとした。だからその徳は張りつめて厳しく、寛く穏やかな気風が見られない。これを、死んだ道理を見て生きた道理を見ないという。ただ張南軒と呂東萊の二人は、寛やかで親しみやすい。これは気質がそうさせたのである。学問の点では、(他の諸老と)大して違わない。君子は一日中つとめ励み、夕べにも恐れ慎む。おそれおののいて、深い淵に臨むように、薄い氷を踏むようにする。しかしその心はゆったりとして余裕がある。だから聖人の言葉は、一見とりとめがないようでいて、意味は実に行き届いている。生きた道理を見ているからである。

解説

前章の「活法を以て活物を治む」を受けて、仁斎は生きた道理と死んだ道理を対比する。器や枯れ草は増減のない死物だが、人は一息の間も止まらず進むか退くかしている。だから君子は過ち無きを貴ばず、能く改むるを貴ぶのである。朱子ら慶元の諸老が少しの指摘も許すまいと身を固め、寛裕温柔の気象を失ったのは、死んだ道理を見た結果だという。君子も戦戦競競と慎むが、その心は綽綽として余裕があるという対比が鍵である。完璧を期して隙を見せまいとする働き方は、自分も周りも疲弊させる。改める柔らかさを持った緊張感こそ、人を伸ばす職場の空気をつくる。

この章句が説くこと

活物道理改過寛容学問余裕

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