童子問 / 卷下
問。漁父辭云。聖人不凝滯於物。能與世推移。此語亦合於聖人之旨歟。曰。庶幾於智者之言。但欠一義字。後世儒者。奚爲獲其髣髴。
新字:問。漁父辞云。聖人不凝滞於物。能与世推移。此語亦合於聖人之旨歟。曰。庶幾於智者之言。但欠一義字。後世儒者。奚為獲其髣髴。
書き下し
問ふ、漁父の辞に云ふ、聖人は物に凝滞せず、能く世と推移すと。此の語も亦聖人の旨に合ふか。曰く、智者の言に庶幾し。但一の義の字を欠く。後世の儒者、奚ぞ其の髣髴を獲んや。
現代語訳
問う。『漁父の辞』に「聖人は物事にこだわらず、世の移り変わりとともに推移することができる」とある。この言葉もまた聖人の趣旨に合っているか。答える。知恵ある者の言葉に近い。ただ「義」の一字が欠けている。後世の儒者が、どうしてそのおおよそでもつかめようか。
解説
前章で屈原を退けた仁斎は、同じ漁父の辞の「物に凝滞せず、世と推移す」という漁父の言葉にも留保をつける。融通無碍に世と移り変わるのは智者の言葉に近いが、そこには「義」が欠けているという。義とは状況がどう変わっても譲らない筋目であり、それを欠いた柔軟さはただの迎合になりかねない。屈原の頑なさも漁父の身軽さもどちらも偏りで、義を軸にした柔軟さこそが聖人の道だと読める短い章である。変化への適応が求められる時代だからこそ、何を変え何を変えないかという軸を自分の中に持っておくことが大切になる。
この章句が説くこと
義智柔軟聖人漁父変化
関連する章句
-
『五常訓』巻之四・義一子曰く、君子の天下に於けるや、適も無く、莫も無し、義と之れ与に比ふ。君子は天下一切のことにおいて、専らに主としてすべき事も無く、又すべからざる事もなし。是万の事、善悪一定せず、唯時の宜しき道にしたがふべし。一事を以ていはば、世に出でて必仕ふるを専らにせず、是無適なり。仕へまじき時は仕へずして、世をのがるべし。又必仕へざるを以てむねとせず。是無莫なり。仕ふべき時は仕へて、道を行ふべし。然れば、仕ふるも仕へざるも、唯義とともにしたがふべし。仕へて宜しき時は仕へ、仕ふまじき時は仕へず。是義にしたがふなり。たとへば道を行くに、早きがよしといふは適なり。早きを悪しきとするは莫なり。早く行きてよき時は早く、しづかに行きてよき時はしづかなるは、義とともにしたがふ也。人に物を与へんと定むるは適なり。与へまじきと定むるは莫なり。与ふべき時は与へ、与ふまじき時は与へず。是義とともにしたがふなり。万のこと、皆是を以ておして知るべし。義は事の主なり。万事の善悪一定せず、唯義にまかせて行ふべし。是善なり。
-
司馬法・仁本義を争いて利を争わず、是を以てその義を明らかにするなり。
-
論語・陽貨篇子曰く、唯だ上知と下愚とは移らざるなり。
-
呂氏春秋・論威①義なる者は、萬事の紀なり。君臣上下親疏の由りて起こる所なり。治亂安危過勝の在る所なり。過勝の道は、他に求むること勿し、必ず己に反る。
-
呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。
-
呂氏春秋・髙義①君子の自ら行うや、動けば必ず義に縁る。行うこと必ず義に誠なれば、俗、之を窮せりと謂うと雖も、通ずるなり。行うこと義に誠ならず、動くこと義に縁らざれば、俗、之を通ぜりと謂うと雖も、窮せるなり。然らば則ち君子の窮通は、俗に異なる者有るなり。故に功に當りて以て賞を受け、罪に當りて以て罰を受く。賞當たらざれば、之に與うと雖も必ず辭す。罰誠に當たれば、之を赦すと雖も外けず。之を國に度れば、必ず利長久ならん。長久の主に於ける、必ず宜しく內は心に反して慚ぢずして然る後動くべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る