童子問 / 卷下
問。夫子謂南容。邦無道免於刑戮。又曰。愚而好自用。賤而好自專。生乎今之世。反古之道。如此者。烖及其身者也。又遭桓司馬之難。微服過宋。夫子何畏難之甚耶。曰。以一木支大厦之倒。君子不爲。是故。以甯武子之愚。爲不可及。以蘧伯玉之卷而懷之。爲君子。是爲實智。是爲實德。非淺見謏聞之所能窺測也。子夏曰。君子信而後諫。未信則以爲謗己也。亦是意也。上表遭憲宗之怒。面發韓侂胄之奸。皆有損於己。而無益於天下。智者不强爲。有德者自不爲。至夫後漢黨錮諸人。其禍最甚。皆由知主張學問。而不知君子之大道故也。宋儒謬解中庸明哲保身之旨。貽害善類甚大矣。方孝孺之在永樂。李東陽等之在正德。是巳。可不謹乎。
新字:問。夫子謂南容。邦無道免於刑戮。又曰。愚而好自用。賤而好自専。生乎今之世。反古之道。如此者。烖及其身者也。又遭桓司馬之難。微服過宋。夫子何畏難之甚耶。曰。以一木支大厦之倒。君子不為。是故。以甯武子之愚。為不可及。以蘧伯玉之巻而懐之。為君子。是為実智。是為実徳。非浅見謏聞之所能窺測也。子夏曰。君子信而後諫。未信則以為謗己也。亦是意也。上表遭憲宗之怒。面発韓侂胄之奸。皆有損於己。而無益於天下。智者不強為。有徳者自不為。至夫後漢党錮諸人。其禍最甚。皆由知主張学問。而不知君子之大道故也。宋儒謬解中庸明哲保身之旨。貽害善類甚大矣。方孝孺之在永楽。李東陽等之在正徳。是巳。可不謹乎。
書き下し
問ふ、夫子南容を謂ふ、邦道無きときは刑戮を免ると。又曰く、愚にして自ら用ふることを好み、賤にして自ら専らにすることを好み、今の世に生まれて古の道に反る、此くのごとき者は、烖其の身に及ぶ者なりと。又桓司馬の難に遭ひて、微服して宋を過ぐ。夫子何ぞ難を畏るるの甚だしきや。曰く、一木を以て大厦の倒るるを支ふるは、君子為さず。是の故に、甯武子の愚を以て、及ぶべからずと為し、蘧伯玉の巻いて之を懐にするを以て、君子と為す。是れを実智と為し、是れを実徳と為す。浅見謏聞の能く窺測する所に非ざるなり。子夏曰く、君子は信ぜられて而る後に諫む。未だ信ぜられざれば、則ち以て己を謗ると為すと。亦是の意なり。上表して憲宗の怒りに遭ひ、面りに韓侂胄の奸を発す。皆己に損有りて、天下に益無し。智者は強ひて為さず、徳有る者は自ら為さず。夫の後漢の党錮の諸人に至つては、其の禍最も甚だし。皆学問を主張することを知りて、君子の大道を知らざるに由るが故なり。宋儒中庸の明哲保身の旨を謬解して、害を善類に貽すこと甚だ大なり。方孝孺の永楽に在る、李東陽等の正徳に在る、是れのみ。謹まざるべけんや。
現代語訳
問う。夫子は南容を評して「国に道がない時でも刑罰を免れる」と言い、また「愚かなのに自分の考えを用いることを好み、身分が低いのに独断を好み、今の世に生まれて古の道に戻ろうとする。このような者には災いがその身に及ぶ」と言った。また桓司馬(桓魋)の難に遭って、身なりを変えて宋を通り過ぎた。夫子はなぜそれほど難を恐れたのか。答える。一本の木で大きな建物の倒れるのを支えようとすることを、君子はしない。だから孔子は甯武子の愚かさ(を装う知恵)を真似できないものとし、蘧伯玉が才能を巻いて懐にしまったことを君子とした。これが真の知恵であり、真の徳である。浅い見識や乏しい見聞でうかがい知れるものではない。子夏が「君子は信頼されてから諫める。まだ信頼されていないのに諫めれば、自分をそしっていると思われる」と言ったのも、この意である。上表して憲宗の怒りに触れたことや、面と向かって韓侂胄の奸悪を暴いたことは、どちらも自分に損があって天下に益がなかった。知恵ある者は無理にはせず、徳ある者はおのずとしない。後漢の党錮の人々に至っては、その禍が最も甚だしい。みな学問を言い立てることは知っていても、君子の大道を知らなかったからである。宋の儒者は中庸の「明哲保身」の趣旨を誤解して、善良な人々に大きな害を残した。方孝孺が永楽帝の時に、李東陽らが正徳帝の時にしたことがそれである。慎まないでいられようか。
解説
この章句が説くこと
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人物志・釋爭君子誠に能く争途の名険を睹て、独り玄路に高く乗れば、則ち光暉煥として日に新たに、徳声古人に倫しからん。
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