養生訓 / 巻第一・総論上
一古の君子は、禮樂をこのんで行ひ、射御を學び、力を勞動し、詠歌舞蹈して血脈を養ひ、嗜慾を節にし、心氣を定め、外邪を愼み防ぐ。かくのごとく常に行へば、鍼灸藥を用ひずして病なし。是君子の行ふ所、本をつとむるの法、上策なり。病多きは皆養生の術なきよりおこる。病おこりて藥を服し、いたき鍼、あつき灸をして、父母よりうけし遺體にきずづけ、火をつけ、熱痛をこらへて身をせめ病を療すは、甚末の事、下策なり。たとへば國ををさむるに德を以てすれば、民おのづから服して亂おこらず、攻め撃つことを用ひず、又保養を用ひずして、只藥と鍼灸を用ひて病をせむるは、たとへば國を治むるに德を用ひず、下を治むる道なく、臣民うらみそむきて亂をおこすをしづめんとて、兵を用ひてたゝかふが如し。百たび戰つて百たび勝つとも、たつとぶにたらず。養生をよくせずして、藥と鍼灸とを賴んで病を治するも、またかくの如し。
新字:一古の君子は、礼楽をこのんで行ひ、射御を学び、力を労動し、詠歌舞蹈して血脈を養ひ、嗜慾を節にし、心気を定め、外邪を慎み防ぐ。かくのごとく常に行へば、鍼灸薬を用ひずして病なし。是君子の行ふ所、本をつとむるの法、上策なり。病多きは皆養生の術なきよりおこる。病おこりて薬を服し、いたき鍼、あつき灸をして、父母よりうけし遺体にきずづけ、火をつけ、熱痛をこらへて身をせめ病を療すは、甚末の事、下策なり。たとへば国ををさむるに徳を以てすれば、民おのづから服して乱おこらず、攻め撃つことを用ひず、又保養を用ひずして、只薬と鍼灸を用ひて病をせむるは、たとへば国を治むるに徳を用ひず、下を治むる道なく、臣民うらみそむきて乱をおこすをしづめんとて、兵を用ひてたゝかふが如し。百たび戦つて百たび勝つとも、たつとぶにたらず。養生をよくせずして、薬と鍼灸とを頼んで病を治するも、またかくの如し。
書き下し
一古の君子は、礼楽をこのんで行ひ、射御を学び、力を労動し、詠歌舞蹈して血脈を養ひ、嗜慾を節にし、心気を定め、外邪を慎み防ぐ。かくのごとく常に行へば、鍼灸薬を用ひずして病なし。是君子の行ふ所、本をつとむるの法、上策なり。病多きは皆養生の術なきよりおこる。病おこりて薬を服し、いたき鍼、あつき灸をして、父母よりうけし遺体にきずづけ、火をつけ、熱痛をこらへて身をせめ病を療すは、甚末の事、下策なり。たとへば国ををさむるに徳を以てすれば、民おのづから服して乱おこらず、攻め撃つことを用ひず、又保養を用ひずして、只薬と鍼灸を用ひて病をせむるは、たとへば国を治むるに徳を用ひず、下を治むる道なく、臣民うらみそむきて乱をおこすをしづめんとて、兵を用ひてたたかふが如し。百たび戦つて百たび勝つとも、たつとぶにたらず。養生をよくせずして、薬と鍼灸とを頼んで病を治するも、またかくの如し。
現代語訳
昔の君子は、礼楽を好んで行い、射術と御術を学び、力を働かせ、詩歌を詠じ舞い踊って血脈を養い、嗜欲を節度あるものにし、心と気を定め、外邪を慎み防ぎました。このように常に行えば、鍼灸や薬を用いなくても病はありません。これが君子の行うところ、根本に努める法であり、上策です。病が多いのはみな養生の術がないことから起こります。病が起こってから薬を飲み、痛い鍼や熱い灸をして、父母から受けた体に傷をつけ火をつけ、熱さ痛さをこらえて身を責めて病を治すのは、はなはだ末のことで下策です。たとえば国を治めるのに徳をもってすれば、民はおのずから従って乱は起こらず、攻め撃つ必要もありません。保養をせずにただ薬と鍼灸で病を攻めるのは、たとえば国を治めるのに徳を用いず、下を治める道がなく、臣民が恨み背いて起こした乱を鎮めようとして兵を用いて戦うようなものです。百たび戦って百たび勝っても、尊ぶには足りません。養生をよくせずに薬と鍼灸を頼んで病を治すのも、またこのようなものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『文武訓』文訓下之末一君子と名づけたるは何ぞや。君の位に居て、下民を子の如くいつくしむ、ゆゑに名づく。是孝経正義の説なり。又聖人或は賢人をも善人をも君子といふ。其位なしといへどもその徳あればなり。小人とは何ぞ。耳目口鼻の欲にしたがひて、心志の大体を失へる者をいへり。是孟子の言に出でたり。位につきていへば、下にある細民を小人といふ。
-
『正法眼蔵随聞記』巻三古人の云く、不ル似其ノ人二莫ル語ジ其ノ風ヲと、云心ろは、其の人の徳を学はす知らすして、其の人の失あるを見て、其の人はよけれども、其の事は悪しさよ、悪き事をよき人もするかなと思ふべからすとなり、只其の人の徳を取て、失を取ることなかれ、君子は徳を取て失を取らすと云ふは、此の心なり、
-
『慎思録』巻之五心の力、之を才と謂ふ。心の善、之を徳と謂ふ。才徳兼ね全き、之を聖人と謂ふ。才徳衆に超ゆる、之を賢人と謂ふ。徳、才に勝る、之を君子と謂ふ。才、徳に勝る、之を英雄と謂ふ。徳有りて才無き、之を善人と謂ふ。才有りて徳無き、之を小人と謂ふ。才徳兼ね亡き、之を愚人と謂ふ。夫れ聖賢は得て見るべからず。君子を見ることを得ば、斯れ可なり。君子も亦得て見るべからず。善人を見ることを得ば、斯れ可なり。国家を治むる者、苟も君子と善人とを得ること能はずんば、則ち其の小人有らんよりは、寧ろ愚人有れ。古来国家を敗亡する者は、必ず小人よりす。愚人の如きは、其の力覆敗すること能はず。猶ほ小人の姦悪にして力有る者に愈れり。細かに之を論ずれば、古人は才徳衆に超ゆる者を以て亦之を君子と謂ふ。是れ徳の才に勝る者に止まらざるなり。才有りて徳無き者も、亦之を愚人と謂ふ。是れ才徳兼ね亡き者に止まらざるなり。這の二者は、通称するも亦可なり。蓋し賢人と君子とは、各指す所有りて名を異にすと雖も、然れども通称すれば則ち亦一と為すべし。愚者と小人との如きも亦然り。
-
人物志・釋爭君子誠に能く争途の名険を睹て、独り玄路に高く乗れば、則ち光暉煥として日に新たに、徳声古人に倫しからん。
-
『大和俗訓』巻之二・為学下一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。
-
『童子問』卷下問ふ、夫子南容を謂ふ、邦道無きときは刑戮を免ると。又曰く、愚にして自ら用ふることを好み、賤にして自ら専らにすることを好み、今の世に生まれて古の道に反る、此くのごとき者は、烖其の身に及ぶ者なりと。又桓司馬の難に遭ひて、微服して宋を過ぐ。夫子何ぞ難を畏るるの甚だしきや。曰く、一木を以て大厦の倒るるを支ふるは、君子為さず。是の故に、甯武子の愚を以て、及ぶべからずと為し、蘧伯玉の巻いて之を懐にするを以て、君子と為す。是れを実智と為し、是れを実徳と為す。浅見謏聞の能く窺測する所に非ざるなり。子夏曰く、君子は信ぜられて而る後に諫む。未だ信ぜられざれば、則ち以て己を謗ると為すと。亦是の意なり。上表して憲宗の怒りに遭ひ、面りに韓侂胄の奸を発す。皆己に損有りて、天下に益無し。智者は強ひて為さず、徳有る者は自ら為さず。夫の後漢の党錮の諸人に至つては、其の禍最も甚だし。皆学問を主張することを知りて、君子の大道を知らざるに由るが故なり。宋儒中庸の明哲保身の旨を謬解して、害を善類に貽すこと甚だ大なり。方孝孺の永楽に在る、李東陽等の正徳に在る、是れのみ。謹まざるべけんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る