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童子問 / 卷下

問禮記。曰。間多格言。然不足列之於詩書易春秋。葢七十子喪。大義既乖。戰國以來。齊魯諸儒。知道者鮮矣。至於論理。則皆專主黃老之旨。石梁王氏辨之。是也。然猶有未辨盡者矣。或王氏亦以爲聖門之遺言。而實自黃老中來者。間有之矣。若樂記所載。人生而靜天之性也。感物而動性之欲也。此語本老氏之語。淮南子亦有之。葢禮記剽竊之。晦翁取之爲詩傳序起頭。不深考耳。論語曰。先進於禮樂。野人也。後進於禮樂。君子也。若用之。則吾從先進。以此推之。禮記諸篇。大類皆繁文縟節。恐非盛周之禮。審擇之可矣。予欲因夫子之意。斟酌裁定以爲一書。有志而未果。

新字:問礼記。曰。間多格言。然不足列之於詩書易春秋。葢七十子喪。大義既乖。戦国以来。斉魯諸儒。知道者鮮矣。至於論理。則皆専主黄老之旨。石梁王氏弁之。是也。然猶有未弁尽者矣。或王氏亦以為聖門之遺言。而実自黄老中来者。間有之矣。若楽記所載。人生而静天之性也。感物而動性之欲也。此語本老氏之語。淮南子亦有之。葢礼記剽窃之。晦翁取之為詩伝序起頭。不深考耳。論語曰。先進於礼楽。野人也。後進於礼楽。君子也。若用之。則吾従先進。以此推之。礼記諸篇。大類皆繁文縟節。恐非盛周之礼。審択之可矣。予欲因夫子之意。斟酌裁定以為一書。有志而未果。

書き下し

問ふ、礼記。曰く、間格言多し。然れども之を詩書易春秋に列ぬるに足らず。蓋し七十子喪して、大義既に乖く。戦国以来、斉魯の諸儒、道を知る者鮮し。理を論ずるに至つては、則ち皆専ら黄老の旨を主とす。石梁王氏之を弁ず、是れなり。然れども猶未だ弁じ尽くさざる者有り。或は王氏も亦以て聖門の遺言と為して、実は黄老の中より来たる者、間之有り。楽記に載する所の、人生まれて静かなるは天の性なり、物に感じて動くは性の欲なりといふがごとき、此の語は本老氏の語にして、淮南子にも亦之有り。蓋し礼記之を剽窃す。晦翁之を取りて詩伝の序の起頭と為す。深く考へざるのみ。論語に曰く、先進の礼楽に於けるは野人なり、後進の礼楽に於けるは君子なり、如し之を用ひば、則ち吾は先進に従はんと。此れを以て之を推すに、礼記の諸篇は、大類皆繁文縟節にして、恐らくは盛周の礼に非ず。審らかに之を択びて可なり。予夫子の意に因つて、斟酌裁定して以て一書と為さんと欲すれども、志有りて未だ果たさず。

現代語訳

問う。礼記について。答える。ところどころに格言が多い。しかし詩・書・易・春秋と並べるには足りない。思うに孔子の七十人の高弟が亡くなって、大義はすでにそむかれた。戦国時代以来、斉や魯の儒者たちで道を知る者は少なかった。理を論じるとなると、みなもっぱら黄帝・老子の思想を主としている。石梁の王氏がそれを弁別したのは正しい。しかしまだ弁別し尽くしていないところがある。王氏もまた聖門の遺言だと考えたもので、実は黄老の思想から来たものが、ところどころにある。楽記に載る「人が生まれて静かなのは天の性であり、物に感じて動くのは性の欲である」というような言葉は、もとは老子の言葉であって、淮南子にもある。礼記がこれを盗み取ったのである。朱熹はこれを取って『詩集伝』の序の書き出しにしたが、深く考えなかったにすぎない。論語に「先輩たちの礼楽は素朴な野人のようであり、後輩たちの礼楽は洗練された君子のようである。もし用いるなら、私は先輩に従おう」とある。これによって推すと、礼記の諸篇はおおむね繁雑な文飾と細かな礼節であって、おそらく盛んな周の時代の礼ではない。よく選び取るのがよい。私は夫子の意に基づいて、取捨し裁定して一つの書にまとめたいと思っているが、志はあってもまだ果たせていない。

解説

仁斎は礼記に格言が多いことを認めつつ、四経と同列には置かない。孔子の高弟たちの没後、戦国の儒者は理を論じるときに黄老思想を混ぜ込んだからである。とくに楽記の「人生まれて静かなるは天の性」は老子由来の語で、朱子がそれを詩集伝の序の冒頭に据えたことも、深く考えなかった結果だと批判する。静を本とする朱子学の性論の出どころを問う鋭い指摘である。また論語の「先進に従はん」を引き、礼記の礼は飾りが多く盛周の礼ではないとする。権威ある古典でも出どころを確かめ、選んで用いるという姿勢は、情報の真偽を見極める現代の仕事にも通じる。

この章句が説くこと

礼記礼黄老出典朱子学先進

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