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童子問 / 卷下

讀春秋者。當專據左氏之傳。義理明白。自與孟子之意合。公穀二傳。深刻過密。殆若解隱語。非聖人之意。故善得夫子之意者。莫左氏若也。胡氏謂。公穀說義理。左氏備故事。非也。左氏經。至哀公十六年四月巳丑孔丘卒而止。公羊穀梁經至十四年西狩獲麟而止。葢公穀本脫獲麟以下。不知後尙有二年經。因附會孔子反袂而泣等語。朱子語類說。公穀二傳。本姓姜人一手做。可謂卓見矣。左氏以禮一字。爲春秋之權衡。孟子以義爲其要領。然禮以義起。則其辭雖異。而理則一也。學者以此求之。自見其大意矣。若夫於日月名字爵位之間。褒貶予奪者。非聖人之意。四經之旨。大略如此。苟通其理。則見野史裨說。皆有至理。詞曲襍劇。亦通妙道。學者唯知說道理之有道理。而不知不說道理亦有道理。鄙哉。其詳。予將竢各經傳成而明之。今當參閱語孟字義。

新字:読春秋者。当専拠左氏之伝。義理明白。自与孟子之意合。公穀二伝。深刻過密。殆若解隠語。非聖人之意。故善得夫子之意者。莫左氏若也。胡氏謂。公穀説義理。左氏備故事。非也。左氏経。至哀公十六年四月巳丑孔丘卒而止。公羊穀梁経至十四年西狩獲麟而止。葢公穀本脱獲麟以下。不知後尚有二年経。因附会孔子反袂而泣等語。朱子語類説。公穀二伝。本姓姜人一手做。可謂卓見矣。左氏以礼一字。為春秋之権衡。孟子以義為其要領。然礼以義起。則其辞雖異。而理則一也。学者以此求之。自見其大意矣。若夫於日月名字爵位之間。褒貶予奪者。非聖人之意。四経之旨。大略如此。苟通其理。則見野史裨説。皆有至理。詞曲襍劇。亦通妙道。学者唯知説道理之有道理。而不知不説道理亦有道理。鄙哉。其詳。予将竢各経伝成而明之。今当参閲語孟字義。

書き下し

春秋を読む者は、当に専ら左氏の伝に拠るべし。義理明白にして、自ら孟子の意と合ふ。公穀二伝は深刻過密にして、殆ど隠語を解くがごとし。聖人の意に非ず。故に善く夫子の意を得る者は、左氏に若くは莫きなり。胡氏謂ふ、公穀は義理を説き、左氏は故事を備ふと。非なり。左氏の経は、哀公十六年四月己丑孔丘卒するに至つて止む。公羊・穀梁の経は十四年西に狩して麟を獲るに至つて止む。蓋し公穀は本獲麟以下を脱して、後に尚二年の経有ることを知らず。因つて孔子袂を反して泣く等の語を附会す。朱子語類に説く、公穀二伝は、本姓姜の人一手に做すと。卓見と謂ふべし。左氏は礼の一字を以て春秋の権衡と為し、孟子は義を以て其の要領と為す。然れども礼は義を以て起こる。則ち其の辞異なりと雖も、理は則ち一なり。学者此れを以て之を求めば、自ら其の大意を見ん。夫の日月・名字・爵位の間に於て褒貶予奪するがごときは、聖人の意に非ず。四経の旨、大略此くのごとし。苟も其の理に通ぜば、則ち野史稗説も皆至理有り、詞曲雑劇も亦妙道に通ずるを見ん。学者は唯道理を説くの道理有るを知りて、道理を説かざるも亦道理有ることを知らず。鄙なるかな。其の詳は、予将に各経の伝成るを竢ちて之を明らかにせんとす。今は当に語孟字義を参閲すべし。

現代語訳

春秋を読む者は、もっぱら左氏伝に拠るべきである。その義理は明白で、おのずと孟子の意と合っている。公羊伝・穀梁伝の二伝は詮索が深く細かすぎて、まるで謎かけを解いているようであり、聖人の意ではない。だから夫子の意をよくとらえているのは左氏に及ぶものはない。胡安国は「公羊・穀梁は義理を説き、左氏は故事を備える」と言ったが、誤りである。左氏の経文は哀公十六年四月己丑の孔丘の死去で終わり、公羊・穀梁の経文は十四年の西方の狩りで麒麟を獲たところで終わっている。思うに公羊・穀梁はもともと獲麟以下が欠けていて、その後になお二年分の経文があることを知らず、そのため孔子が袖で顔をおおって泣いたなどの話をこじつけたのである。朱子語類に「公羊・穀梁の二伝は、もともと姜姓の人が一人で作ったものだ」とある。卓見と言うべきである。左氏は礼の一字を春秋の秤とし、孟子は義をその要としている。しかし礼は義から起こるのだから、言葉は違っても理は一つである。学ぶ者がこの観点で求めれば、おのずとその大意が見えてくる。日付・名・字・爵位の書き方で褒めたりけなしたりしたと見るようなことは、聖人の意ではない。四経の趣旨はおおよそこのとおりである。もしその理に通じれば、民間の歴史や雑説にもみな至理があり、詞曲や雑劇も妙なる道に通じていることがわかるだろう。学ぶ者は、道理を説くものに道理があることだけを知って、道理を説かないものにも道理があることを知らない。浅はかなことだ。詳しいことは、各経の注釈が出来上がるのを待って明らかにしよう。今は『語孟字義』を参照してほしい。

解説

春秋の読み方として、仁斎は左伝を重んじ、公羊・穀梁の二伝が日付や呼び名の書き分けに褒貶を読み込む「隠語解き」を退ける。左氏の礼と孟子の義は言葉こそ違え一つの理だとし、細部の暗号ではなく大意をつかめと説く。結びの「道理を説かざるも亦道理有り」という言葉は印象深い。説教めいた書物だけでなく、野史や芝居の中にも人の世の理が現れているというのである。学びの材料を狭く限らず、物語や現場の雑談からも人と組織の理を読み取る目を持てば、日々の経験そのものが教科書になる。

この章句が説くこと

春秋左伝義礼大意道理

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