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童子問 / 卷下

春秋以道名分。葢春秋。聖人之史也。古者無載籍之傳世。善惡淑慝。與時倶滅。無暴于天下後世。故亂臣賊子。肆其欲。無所忌憚。故孔子因魯史。以紀天下之善惡。所以制亂臣賊子之心也。孔子秉筆而不止。直至哀公十六年四月巳丑孔丘卒之前而止。左丘明又承夫子之意。引而至哀公二十三年秋八月而止。自是而後世史臣。各有一代之史。及荀悅習鑿齒宋子京司馬公朱考亭諸大儒。亦各有著作。皆自孔子發之。故春秋非徒紀二百四十四年之間。實紀二千年以來。而萬世無絕。此聖人之旨也。

新字:春秋以道名分。葢春秋。聖人之史也。古者無載籍之伝世。善悪淑慝。与時倶滅。無暴于天下後世。故乱臣賊子。肆其欲。無所忌憚。故孔子因魯史。以紀天下之善悪。所以制乱臣賊子之心也。孔子秉筆而不止。直至哀公十六年四月巳丑孔丘卒之前而止。左丘明又承夫子之意。引而至哀公二十三年秋八月而止。自是而後世史臣。各有一代之史。及荀悦習鑿歯宋子京司馬公朱考亭諸大儒。亦各有著作。皆自孔子発之。故春秋非徒紀二百四十四年之間。実紀二千年以来。而万世無絶。此聖人之旨也。

書き下し

春秋は以て名分を道ふ。蓋し春秋は聖人の史なり。古者載籍の世に伝はる無く、善悪淑慝、時と倶に滅して、天下後世に暴かるること無し。故に乱臣賊子、其の欲を肆にして、忌憚する所無し。故に孔子魯史に因つて、以て天下の善悪を紀す。乱臣賊子の心を制する所以なり。孔子筆を秉りて止まず、直に哀公十六年四月己丑孔丘卒するの前に至つて止む。左丘明又夫子の意を承けて、引いて哀公二十三年秋八月に至つて止む。是れより後世の史臣、各一代の史有り。荀悦・習鑿歯・宋子京・司馬公・朱考亭の諸大儒に及ぶまで、亦各著作有り。皆孔子より之を発す。故に春秋は徒に二百四十四年の間を紀するのみに非ず、実に二千年以来を紀して、万世絶ゆること無し。此れ聖人の旨なり。

現代語訳

春秋は名分を言い表すものである。春秋は聖人の書いた歴史である。古くは書物が世に伝わることがなく、善悪や良し悪しは時とともに消え去って、天下後世に明らかにされることがなかった。だから乱臣賊子は欲望のままにふるまって、はばかるところがなかった。そこで孔子は魯の史書によって天下の善悪を記した。乱臣賊子の心を抑えるためである。孔子は筆を執ってやめず、哀公十六年四月己丑(底本は巳丑)に孔丘が亡くなる直前まで書き続けてやめた。左丘明はさらに夫子の意を受け継いで、哀公二十三年秋八月まで延ばして終えた。これ以後、代々の史官はそれぞれ一代の歴史を著し、荀悦・習鑿歯・宋祁・司馬光・朱熹といった諸大儒に至るまで、それぞれ著作がある。みな孔子から始まったものである。だから春秋は単に二百四十四年の間を記しただけではなく、実に二千年来を記して、万世に絶えることがないのである。これが聖人の趣旨である。

解説

春秋について仁斎は、孔子が史書によって善悪を記したことの意味を、乱臣賊子の心を制するという一点に見る。記録が残らなければ悪は時とともに消え、人ははばかることを知らない。孔子が筆を執ったことで、以後の史官や荀悦・司馬光・朱熹らの歴史著作がすべてそこから始まったのだから、春秋は二百四十四年の記録にとどまらず二千年の歴史全体を記したに等しい、という見方は雄大である。記録すること自体が人の行いを律するという指摘は、現代の組織にもそのまま当てはまる。判断の経緯を残す習慣は、後の人への説明責任であると同時に、今の自分への戒めにもなる。

この章句が説くこと

春秋名分歴史善悪孔子記録

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