童子問 / 卷下
問各經之大意。曰。韓子原道。以詩書易春秋爲列。不數禮記。其見卓矣。當從韓子。以詩書易春秋爲本經。而聖門專以詩書爲敎者。葢二經之旨平易近情。傳之萬世而無弊者也。詩以道情性。天下之人雖衆。古今之生雖無窮。而原其所以爲情者。則無出於三百篇之外者。順之則治。逆之則亂。故先王保之而無傷。愛之而勿斷。其所以能保數百年宗社。而子孫猶賓於王家者。以此也。不知此。則莫以治天下國家。申商之徒。是巳。不由此。則莫以立敎。佛老之學。是巳。詩之不可不學。如此。且古書引詩者。多斷章取義。葢古人用詩之通法也。此亦讀詩者之所當知也。
新字:問各経之大意。曰。韓子原道。以詩書易春秋為列。不数礼記。其見卓矣。当従韓子。以詩書易春秋為本経。而聖門専以詩書為教者。葢二経之旨平易近情。伝之万世而無弊者也。詩以道情性。天下之人雖衆。古今之生雖無窮。而原其所以為情者。則無出於三百篇之外者。順之則治。逆之則乱。故先王保之而無傷。愛之而勿断。其所以能保数百年宗社。而子孫猶賓於王家者。以此也。不知此。則莫以治天下国家。申商之徒。是巳。不由此。則莫以立教。仏老之学。是巳。詩之不可不学。如此。且古書引詩者。多断章取義。葢古人用詩之通法也。此亦読詩者之所当知也。
書き下し
問ふ、各経の大意。曰く、韓子の原道、詩・書・易・春秋を以て列と為し、礼記を数へず。其の見卓なり。当に韓子に従ひて、詩・書・易・春秋を以て本経と為すべし。而して聖門専ら詩書を以て教と為す者は、蓋し二経の旨、平易にして情に近く、之を万世に伝へて弊無き者なればなり。詩は以て情性を道ふ。天下の人衆しと雖も、古今の生窮まり無しと雖も、而も其の情為る所以の者を原ぬれば、則ち三百篇の外に出づること無き者なり。之に順へば則ち治まり、之に逆へば則ち乱る。故に先王之を保ちて傷ること無く、之を愛して断つこと勿し。其の能く数百年の宗社を保ちて、子孫猶王家に賓たる所以の者は、此れを以てなり。此れを知らざれば、則ち以て天下国家を治むること莫し。申商の徒、是れのみ。此れに由らざれば、則ち以て教を立つること莫し。仏老の学、是れのみ。詩の学ばざるべからざること、此くのごとし。且つ古書の詩を引く者、多く章を断ちて義を取る。蓋し古人の詩を用ふるの通法なり。此れも亦詩を読む者の当に知るべき所なり。
現代語訳
問う。それぞれの経書の大意について。答える。韓愈の『原道』は詩・書・易・春秋を並べ挙げ、礼記を数えていない。その見識は卓越している。韓愈に従って、詩・書・易・春秋を根本の経書とすべきである。そして孔子の門下がもっぱら詩と書を教えとしたのは、この二経の趣旨が平易で人情に近く、万世に伝えても弊害がないものだからであろう。詩経は人の情と性を言い表すものである。天下の人は多く、古今の人生は窮まりないけれども、その情の源をたずねれば、詩経三百篇の外に出るものはない。これに従えば治まり、逆らえば乱れる。だから先王は人情を守って傷つけず、慈しんで断ち切らなかった。周が数百年にわたって宗廟社稷を保ち、前代の王の子孫がなお王家の賓客として遇されたのは、このためである。これを知らなければ天下国家を治めることはできない。申不害・商鞅の徒がそれである。これに由らなければ教えを立てることはできない。仏教・老荘の学がそれである。詩を学ばねばならないことは、このとおりである。また古い書物が詩を引くときは、多く章句を切り取って意味を取っている。これは古人が詩を用いる一般的な方法であった。これもまた詩を読む者が知っておくべきことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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荀子・大略篇国風の色を好むや、伝に曰く、「其の欲を盈(み)たして其の止(とど)まるを愆(あやま)らず。其の誠は金石に比すべく、其の声は宗廟に内(い)るべし」と。小雅は汙上(をじょう)に用ゐられず、自ら引きて下に居り、今の政を疾(にく)みて以て往者を思ふ。其の言に文(あや)有り、其の声に哀しみ有り。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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