童子問 / 卷中
問下學上達之義。曰。下學謙辭。猶曰最下之學。指人倫平常之道而言。程子所謂下學人事。是已。自與求向上一路者。正相反。上字當作上聲讀。上達者。漸次自進之義。非指高遠之理而言。所謂君子上達小人下達。是也。下學猶在平地上行。循循不止。則能到萬里之遠。其事甚近。而其功不可量焉。求向上一路者。猶欲去平地上騰空中。不墜而傷損者。未之有也。此異端之所以廢人倫捨日用。蔑禮義。而不可爲萬世常行之道也。
新字:問下学上達之義。曰。下学謙辞。猶曰最下之学。指人倫平常之道而言。程子所謂下学人事。是已。自与求向上一路者。正相反。上字当作上声読。上達者。漸次自進之義。非指高遠之理而言。所謂君子上達小人下達。是也。下学猶在平地上行。循循不止。則能到万里之遠。其事甚近。而其功不可量焉。求向上一路者。猶欲去平地上騰空中。不墜而傷損者。未之有也。此異端之所以廃人倫捨日用。蔑礼義。而不可為万世常行之道也。
書き下し
下学上達の義を問ふ。曰く、下学は謙辞なり。猶ほ最下の学と曰ふがごとし。人倫平常の道を指して言ふ。程子の所謂下学は人事なり、是れなり。自ら向上の一路を求むる者と、正に相反す。上の字は当に上声と作して読むべし。上達は、漸次自ら進むの義なり。高遠の理を指して言ふに非ず。所謂君子は上達し小人は下達す、是れなり。下学は猶ほ平地の上に在りて行くがごとし。循循として止まざれば、則ち能く万里の遠きに到る。其の事甚だ近くして、其の功量るべからず。向上の一路を求むる者は、猶ほ平地の上を去りて空中に騰らんと欲するがごとし。墜ちて傷損せざる者、未だ之れ有らざるなり。此れ異端の、人倫を廃し日用を捨て、礼義を蔑して、万世常行の道と為すべからざる所以なり。
現代語訳
下学上達の意味を問うた。答えていう。下学とは謙遜の言葉で、「最も低い学問」と言うようなものであり、人倫の平常の道を指して言う。程子のいう「下学とは人事である」がこれにあたる。おのずから「向上の一路」を求める者とは、まさに正反対である。上達の「上」の字は上声(のぼる)として読むべきである。上達とは、少しずつ自ら進んでいくという意味であって、高遠な理を指して言うのではない。いわゆる「君子は上達し、小人は下達する」がこれである。下学は平地の上を歩いて行くようなものである。一歩一歩止まらなければ、万里の遠くまで到ることができる。その事はきわめて身近でありながら、その功は量り知れない。向上の一路を求める者は、平地を離れて空中に飛び上がろうとするようなものである。墜ちて傷を負わない者はいまだかつてない。これが、異端が人倫を廃し、日用を捨て、礼義をないがしろにして、万世に常に行うべき道とならない理由である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓上之末一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
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『文武訓』文訓下一文学ひろく、聖賢の書をあまねく読んでも、道を知らざる人古今多し。斯くひろく聖賢の書を読んでは、道を知るべくして知らざるは、志なく聰明なきゆゑなり。文学に通ぜず、聖賢の書を多く読まずして、道を知れらん人は古今これなし。是道理のなき所なり。舟橋なくして海河をわたり、梯なくして高きに登らんとするが如し。近世、種の学問文学をせずして、聖学をせんとするも、文学して義理を知らざるも同じ。たとへば歌学をせずして、和歌のあしき人はあり。歌学なくしてうたよく詠む人はなきが如し。但学問なく、すこし師の口伝をききて、頗心ををさめんとする人あり。是亦聴かざるに遥にまされり。稊稗の熟するは、五穀の熟せざるにまされるが如し。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、其所は、師たる人も、さつぱりとは済ねども、此は聖人のことにて、今の学者の知るべき所に非ず、忠恕のことなりと云て、此うへのことは、決して沙汰なきことなり。答、汝は今の学者の知るべき所に非ずと云。聖人の教は、古今に通じて変ことなし。今と古とを分るは、仏氏の末世と云教なり。混雑すべからず。扨孔子、適も無く莫も無しとの玉ひ、又顔淵の、前に在りと思へば忽焉として後に在りとの玉ひ、孟子、道は一のみとの玉ふ。加様の類多し。汝はいかゞ心得居られ候や。
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『慎思録』巻之四食は以て生を養ふ。饕餮なる者は此を以て生を傷る。薬は以て人を救ふ。庸医は此を以て人を殺す。学は以て性を治む。小人は此を以て性を傷る。此の三者は、本是れ人を益するの物事なり。然り而して人を害すること此の如きは、之を用ふるの其の道を失ふに由るなり。
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『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
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