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童子問 / 卷中

問。反求與忠恕。亦有差別。曰。無差別。忠恕。是以爲己之心。而爲人也。反求。是以責人之心。而責己也。能反求於己。則必能忠恕於人。能忠恕於人。則必能反求於己。非有異也。故孔曾專曰忠恕。孟子專曰反求。其實一也。

新字:問。反求与忠恕。亦有差別。曰。無差別。忠恕。是以為己之心。而為人也。反求。是以責人之心。而責己也。能反求於己。則必能忠恕於人。能忠恕於人。則必能反求於己。非有異也。故孔曽専曰忠恕。孟子専曰反求。其実一也。

書き下し

問ふ、反求と忠恕と、亦差別有りや。曰く、差別無し。忠恕は、是れ己の為にするの心を以て、人の為にするなり。反求は、是れ人を責むるの心を以て、己を責むるなり。能く己に反求すれば、則ち必ず能く人に忠恕なり。能く人に忠恕なれば、則ち必ず能く己に反求す。異なること有るに非ざるなり。故に孔曾は専ら忠恕と曰ひ、孟子は専ら反求と曰ふ。其の実は一なり。

現代語訳

問う。反求と忠恕とに、違いはあるか。答えていう。違いはない。忠恕とは、自分のためにする心で、人のためにすることである。反求とは、人を責める心で、自分を責めることである。よく自分に反求できる者は、必ず人に忠恕を尽くせる。よく人に忠恕を尽くせる者は、必ず自分に反求できる。異なるところはない。だから孔子と曾子はもっぱら忠恕と言い、孟子はもっぱら反求と言った。その実は一つである。

解説

前章の反求を受け、仁斎はそれが孔子・曾子の説く忠恕と同じものだと示す。忠恕は自分のためにする心で人のために尽くすこと、反求は人を責める心で自分を責めることであり、心の向きを入れ替えただけの表裏だというのである。人に思いやり深い者は自分に厳しく、自分に厳しい者は人に寛い。論語と孟子を一つの道として読み通す古義学の姿勢が、この簡潔な対比によく表れている。職場で人の失敗に厳しく自分の失敗に甘くなっていないか、その逆転を点検するための鏡として使える一章である。

この章句が説くこと

忠恕恕反求孟子曽子自省

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