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童子問 / 卷中

問禍福之所以然。曰無禍便是福。不凶則爲吉。世人以富貴貧賤論吉凶禍福者。非也。苟富貴而身多憂患。子孫不肖者。不若貧賤而身長無事。子孫聰明之爲愈遠甚也。若夫以富貴貧賤論吉凶禍福者。實市道之見。鄙哉。

新字:問禍福之所以然。曰無禍便是福。不凶則為吉。世人以富貴貧賤論吉凶禍福者。非也。苟富貴而身多憂患。子孫不肖者。不若貧賤而身長無事。子孫聰明之為愈遠甚也。若夫以富貴貧賤論吉凶禍福者。実市道之見。鄙哉。

書き下し

禍福の然る所以を問ふ。曰く、禍無きは便ち是れ福、凶ならざれば則ち吉と為す。世人富貴貧賤を以て吉凶禍福を論ずる者は、非なり。苟も富貴にして身に憂患多く、子孫不肖なる者は、貧賤にして身長く事無く、子孫聡明なるの愈れりと為すこと遠甚しきに若かざるなり。若し夫れ富貴貧賤を以て吉凶禍福を論ずる者は、実に市道の見なり。鄙しいかな。

現代語訳

禍福の成り立ちを問うた。答えていう。禍がなければそれがすなわち福であり、凶でなければ吉である。世の人が富貴と貧賤によって吉凶禍福を論じるのは誤りである。もし富貴であっても身に憂いや患いが多く、子孫が愚かであるなら、貧賤であっても身に長く事がなく、子孫が聡明であるほうがはるかにまさっているのには及ばない。そもそも富貴と貧賤で吉凶禍福を論じるのは、まことに商売の損得の見方である。卑しいことよ。

解説

禍福とは何かを問われ、仁斎は「禍無きは便ち是れ福」と端的に答える。富貴か貧賤かで幸不幸を測るのは誤りで、富んでいても憂いが多く子孫が不肖なら、貧しくとも平穏で子孫が聡明なほうがはるかにまさる。富を基準に幸不幸を論じるのは損得勘定にすぎない「市道の見」だと断じるところに、仁斎の価値観がはっきり表れている。仁斎自身、仕官の誘いを断り、市井で学問と教育に生きた人であった。収入や地位で人生の成否を測りがちな現代の働き手に、平穏な日常と家族の健やかさこそ福だと思い出させる一章である。

この章句が説くこと

禍福吉凶富貴貧賤福幸福

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