説苑 / 說叢
福者禍之門也。是者非之尊也。治者亂之先也。事無終始而患不及者,未之聞也。
新字:福者禍之門也。是者非之尊也。治者乱之先也。事無終始而患不及者,未之聞也。
書き下し
福は禍の門なり。是は非の尊なり。治は亂の先なり。事終始無くして患い及ばざる者は、未だ之を聞かざるなり。
現代語訳
幸福は禍いの入り口である。正しさは誤りの発端(尊いものほど後に誤りとなりうる)である。治世は乱世の先駆けである。物事を最初から最後まで貫き通すことなく、それでいて患いに及ばなかったという者は、いまだかつて聞いたことがない。
解説
幸福・正しさ・治世という一見望ましいものが、それぞれ禍い・誤り・乱世へと転じうる萌芽を内包しているという逆説を示す章である。順調な状態にあるときこそ、その裏に潜む禍いの種を見逃さない警戒心が必要だという教えは、好調時に油断しがちな組織や個人への戒めとなる。そして最後の「事終始無くして患い及ばざる者は、未だ之を聞かざるなり」は、物事を最初から最後まで一貫してやり遂げなければ、必ず何らかの患いを招くという結論であり、中途半端な取り組みが結局は禍いの種を残すという普遍的な真理を示している。
この章句が説くこと
福禍表裏中途半端警戒心
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『韓非子』備內第十七故に人主は以て心を己の死するを利とする者に加えざる可からず。
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