文武訓 / 文訓下
かくの如くならば、家富めるとも、まことにさいはひ無き人なるべし。貧賤なる人も、此樂を知りて樂まば、さいはひあつき人なるべし、又よはひを久しくたもつとも、はかなくて命長くば、樂なかるべし。たとひ、神武天皇の御時より、今の世までいきたりとも、只、長き夢見たる心地して、長生の樂なかるべし。夫富貴は人のねがふ所、貧賤は人のきらふ所なり。されども、右にいひし如く、富貴によりて道をうしなひ、貧賤にして道を得やすくば、貧賤なるは、かへりて富貴にまさるべし。是、胡氏が知言の說なり。もし、富貴にして道を行はば、其めぐみひろく、其樂も亦大なるべし。しからば、富貴をねがふもむべなり。
新字:かくの如くならば、家富めるとも、まことにさいはひ無き人なるべし。貧賤なる人も、此楽を知りて楽まば、さいはひあつき人なるべし、又よはひを久しくたもつとも、はかなくて命長くば、楽なかるべし。たとひ、神武天皇の御時より、今の世までいきたりとも、只、長き夢見たる心地して、長生の楽なかるべし。夫富貴は人のねがふ所、貧賤は人のきらふ所なり。されども、右にいひし如く、富貴によりて道をうしなひ、貧賤にして道を得やすくば、貧賤なるは、かへりて富貴にまさるべし。是、胡氏が知言の説なり。もし、富貴にして道を行はば、其めぐみひろく、其楽も亦大なるべし。しからば、富貴をねがふもむべなり。
書き下し
かくの如くならば、家富めるとも、まことにさいはひ無き人なるべし。貧賤なる人も、此楽を知りて楽まば、さいはひあつき人なるべし、又よはひを久しくたもつとも、はかなくて命長くば、楽なかるべし。たとひ、神武天皇の御時より、今の世までいきたりとも、只、長き夢見たる心地して、長生の楽なかるべし。夫富貴は人のねがふ所、貧賤は人のきらふ所なり。されども、右にいひし如く、富貴によりて道をうしなひ、貧賤にして道を得やすくば、貧賤なるは、かへりて富貴にまさるべし。是、胡氏が知言の説なり。もし、富貴にして道を行はば、其めぐみひろく、其楽も亦大なるべし。しからば、富貴をねがふもむべなり。
現代語訳
このようであれば、家が富んでいても、まことに幸いのない人でしょう。貧賤な人でも、この楽しみを知って楽しむなら、幸いの厚い人でしょう。また長く寿命を保っても、はかなく命が長いだけなら楽しみはないでしょう。たとえ神武天皇の御時から今の世まで生きたとしても、ただ長い夢を見たような心地がして、長生きの楽しみはないでしょう。そもそも富貴は人の願うところ、貧賤は人の嫌うところです。けれども、先に述べたように、富貴によって道を失い、貧賤であって道を得やすいなら、貧賤のほうがかえって富貴にまさるでしょう。これは胡氏の『知言』の説です。もし富貴であって道を行うなら、その恵みは広く、その楽しみもまた大きいでしょう。それならば富貴を願うのももっともです。
解説
この章句が説くこと
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