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童子問 / 卷中

問。觀夫好儉者。大抵皆吝嗇。何哉。曰。儉與嗇。其迹相似。而其心實相反。儉善之基。嗇欲之叢。儉而好施者。眞儉也。儉而不知施。亦嗇焉耳。古人務儉者。爲其施也。儉而不知施。不可謂儉。世之鄙夫。託儉而詆夫奢者。可附一噱。儉而好施者。爲誠大德之人。儉而不知施者。眞守錢虜耳。

新字:問。観夫好倹者。大抵皆吝嗇。何哉。曰。倹与嗇。其迹相似。而其心実相反。倹善之基。嗇欲之叢。倹而好施者。真倹也。倹而不知施。亦嗇焉耳。古人務倹者。為其施也。倹而不知施。不可謂倹。世之鄙夫。託倹而詆夫奢者。可附一噱。倹而好施者。為誠大徳之人。倹而不知施者。真守銭虜耳。

書き下し

問ふ。夫の倹を好む者を観るに、大抵皆吝嗇なるは、何ぞや。曰く、倹と嗇とは、其の迹相似て、其の心実に相反す。倹は善の基、嗇は欲の叢なり。倹にして施しを好む者は、真の倹なり。倹にして施すことを知らざるは、亦嗇なるのみ。古人の倹を務むる者は、其の施さんが為なり。倹にして施すことを知らざるは、倹と謂ふべからず。世の鄙夫、倹に託して夫の奢る者を詆るは、一噱に附すべし。倹にして施しを好む者は、誠に大徳の人為り。倹にして施すことを知らざる者は、真の守銭虜なるのみ。

現代語訳

問う。倹約を好む人を見ると、たいていみなけちであるのはなぜか。答える。倹約とけちは、外に現れた跡は似ているが、その心は実に正反対である。倹約は善の基であり、けちは欲の集まりである。倹約して施しを好む者が本当の倹約家である。倹約して施すことを知らないのは、結局けちにすぎない。古人が倹約に努めたのは、施すためであった。倹約して施すことを知らないのは、倹約とは言えない。世のいやしい者が倹約にかこつけて奢る者をそしるのは、一笑に付すべきである。倹約して施しを好む者こそ、まことに大きな徳のある人である。倹約して施すことを知らない者は、本物の守銭奴にすぎない。

解説

倹約を好む人がたいてい吝嗇なのはなぜか。仁斎は、倹と嗇は外見こそ似ていても心は正反対だと答える。倹は善の基、嗇は欲の集まりであり、両者を分けるのは施すかどうかである。古人が倹約に努めたのは施すためであり、施さない倹約は倹約の名に値しないとして、倹約を口実に他人の奢りをそしる者を一笑に付し、施さぬ者を守銭虜とまで呼ぶ痛烈さは、前章までの王道論で倹を施しの余力として語ってきたことと一貫している。節約や効率化そのものが目的化すると、人は吝嗇に陥る。何のために切り詰めるのか、その先で誰に何を施すのかを、常に自分に問いかけたい。

この章句が説くこと

倹嗇施し徳欲守銭虜

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