十善法語 / 巻第八・不貪欲戒
箕子カ紂王ノ象箸ヲ爲テ嘆スル。孟子カ梁惠王ヲ見テ。王何必言利ト云フ。左傳莊公二十四年。魯大夫御孫カ言ニ。儉德之共也。修惡之大也ト。論語ニ季康子盜ノ多ヲ憂テ。コレヲ孔子ニ問フ。孔子答フ苟子之不欲。雖賞之不竊トアル。老子ニ不貴難得之貨使民不爲盜。不見可欲使心不亂トアル。周書ニ不貴異物賤用物民乃足。犬馬非其土性不畜。珍禽奇獸不育于圃。不實遠物則遠人格等トアル。此類ミナ千古ノ格言デ。此戒ノ戒相ナルシヤ。
新字:箕子カ紂王ノ象箸ヲ為テ嘆スル。孟子カ梁恵王ヲ見テ。王何必言利ト云フ。左伝荘公二十四年。魯大夫御孫カ言ニ。倹徳之共也。修悪之大也ト。論語ニ季康子盗ノ多ヲ憂テ。コレヲ孔子ニ問フ。孔子答フ苟子之不欲。雖賞之不窃トアル。老子ニ不貴難得之貨使民不為盗。不見可欲使心不乱トアル。周書ニ不貴異物賤用物民乃足。犬馬非其土性不畜。珍禽奇獣不育于圃。不実遠物則遠人格等トアル。此類ミナ千古ノ格言デ。此戒ノ戒相ナルシヤ。
書き下し
箕子カ紂王ノ象箸ヲ為テ嘆スル。孟子カ梁恵王ヲ見テ。王何必言利ト云フ。左伝荘公二十四年。魯大夫御孫カ言ニ。倹徳之共也。修悪之大也ト。論語ニ季康子盗ノ多ヲ憂テ。コレヲ孔子ニ問フ。孔子答フ苟子之不欲。雖賞之不窃トアル。老子ニ不貴難得之貨使民不為盗。不見可欲使心不乱トアル。周書ニ不貴異物賤用物民乃足。犬馬非其土性不畜。珍禽奇獣不育于圃。不実遠物則遠人格等トアル。此類ミナ千古ノ格言デ。此戒ノ戒相ナルシヤ。
現代語訳
箕子が、紂王が象牙の箸を作ったのを見て嘆いた。孟子が梁の恵王に会って、「王よ、どうして必ずしも利を言うのか」と言った。左伝の荘公二十四年に、魯の大夫の御孫の言葉として、「倹約は徳の大いなるものである。奢りは悪の大いなるものである」と。論語に、季康子が盗人の多いことを憂えて、これを孔子に問うた。孔子は答えた。「もしあなたが欲を持たなければ、褒美を与えても盗みはしないだろう」とある。老子に、「得がたい財貨を貴ばなければ、民に盗みをさせない。欲しくなるものを見せなければ、心を乱させない」とある。周書に、「珍しい物を貴ばず、役立つ物を賤しまなければ、民は満ち足りる。犬馬もその土地の性に合わないものは飼わない。珍しい鳥や獣は園に養わない。遠方の物を宝としなければ、遠方の人もやって来る」などとある。これらはみな千古の格言で、この戒の姿である。
解説

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『弁名』節儉「礼は其の奢らんよりは寧ろ倹せよ」の如きも、亦た用を節するを謂ふなり。「今や純なるは倹なり」に観て、以て見るべきのみ。又た曰く「富みて礼を好む」と。子路曰く「傷ましいかな貧しきや。生きては以て養ふこと無く、死しては以て礼すること無し」と。曾子曰く「国道無ければ、君子は礼を盈たすを恥づ。国奢れば則ち之に示すに倹を以てし、国倹なれば則ち之に示すに礼を以てす」と。子思曰く「其の礼有りて其の財無ければ、君子行はず。其の礼有り其の財有りて其の時無ければ、君子行はず」と。蓋し礼は必ず物を備ふ。貧しければ則ち備ふべからず。貧しからずと雖も、然れども其の用を節して必ずしも礼を盈たさざる、是れ倹なり。必ず物を備へんと欲して其の用を侈る、是れ奢なり。後儒は諸を古言に本づくるを知らず、徒らに倹は及ばざるの謂なりと謂ひて、礼に就きて過不及を争はんと欲す。其の論遂に通ぜざるを致す。学者諸を察せよ。
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『童子問』卷中問ふ。斑固盛んに文帝の倹を称す。古の王者も、亦倹を尚ぶか。曰く、王道は倹を以て本と為す。蓋し奢れば則ち給らず、倹なれば則ち贏り有り。以て我の有余を以て、人人の不足を拯ふべし。己苟も足らずんば、則ち安んぞ能く人の不足を補はん。伝に称す、堯は土階三尺、茅茨剪らず、采椽断たず、監門の食と雖も飽かず、と。未だ必ずしも其の言のごとくならずと雖も、然れども此に由りて以て堯の倹徳を見るべし。孔子曰く、禹は吾間然すること無し。飲食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑くして、力を溝洫に尽くす、と。古先の聖王は皆躬自ら倹を務むる者は、蓋し民を養ふの本を植うるなり。故に王道は倹を以て本と為す。文帝紀を観るに、今年の田租の半ばを賜ふと書する者二、田の租税を除くと書する者一。豈に帝躬ら節倹を務めて、軽々しく天下の財を用ひざるの験に非ずや。斯の時に於て、天下富庶にして、黎民乂安し、漢家四百年の国祚を延長せしは、皆文帝の節倹を務めし効なり。
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『童子問』卷中問ふ。聖賢の深く聚斂を戒むる所以の者は、何ぞや。曰く、民の怨みを取る所以の者は、聚斂より甚だしきは莫し。夫れ小人の君に事ふるや、聚斂掊克し、唯君を知りて、民の為にするを知らず。殊に知らず、民の為にする者は、便ち君の為にするの実なる所以なることを。未だ民の為にして、君の為にせざる者有らざるなり。又未だ民の為にせずして、能く君の為にする者有らざるなり。故に少しく民の為にすれば、則ち少しく効有り。大いに民の為にすれば、則ち大いに効有り。昔馮驩孟嘗君の為に薛の債券を焚く。後朞年にして孟嘗君相を免ぜられ、国に薛に就く。未だ百里に至らざるに、民老を扶け幼を携へて以て迎ふ。夫れ券を焚くは細事なり。然れども其の民心を得ること、尚ほ此くのごとし。矧んや此より大なる者をや。苟も上聚斂を好めば、則ち民必ず怨む。怨みて已まざれば、則ち怒る。怒れば則ち離る。離るれば則ち叛く。鹿台の財、郿塢の金有りと雖も、豈に能く得て己の有と為さんや。夫れ倹なれば則ち余り有り。余り有れば則ち以て人に施すに足る。奢れば則ち足らず。足らざれば則ち聚斂せざること能はず。此れ聖人の倹を尚びて聚斂を戒むる所以なり。
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『童子問』卷中倹を守るの方を問ふ。曰く、人家の奢は、大抵閨門より生ず。閨門の奢は、丈夫の軟弱にして、駕御の道を失ふより生ず。丈夫能く厳にして節制有れば、則ち閨門自ら粛みて、奢も亦生ぜず。是れ倹を守るの要なり。然れども閨門の奢は、財を熬り物を靡すに過ぎず。男子の奢は、国を亡ぼし家を敗るに至らざれば、則ち已まず。男子気質柔軟にして、少年の気除かざれば、則ち拘検を忘れ貪慾を縦にし、端慤方正の士に近づくことを喜ばず、志を墜し業を廃し、遊惰放縦、至らざる所無し。乃ち衆悪の淵藪なり。
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『童子問』卷中問ふ。夫の倹を好む者を観るに、大抵皆吝嗇なるは、何ぞや。曰く、倹と嗇とは、其の迹相似て、其の心実に相反す。倹は善の基、嗇は欲の叢なり。倹にして施しを好む者は、真の倹なり。倹にして施すことを知らざるは、亦嗇なるのみ。古人の倹を務むる者は、其の施さんが為なり。倹にして施すことを知らざるは、倹と謂ふべからず。世の鄙夫、倹に託して夫の奢る者を詆るは、一噱に附すべし。倹にして施しを好む者は、誠に大徳の人為り。倹にして施すことを知らざる者は、真の守銭虜なるのみ。
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『弁名』節儉倹は用を節するなり。「温良恭倹譲」の如き、宋儒誤りて以て聖人の威儀と為し、遂に倹は止だ用を節するのみならずと謂ふ者は、非なり。蓋し倹は仁人の道なり、王者の大徳なり。堯舜の茅茨剪らず、土階三尺、禹の衣服を悪しくし、飲食を菲くし、宮室を卑くす、豈に然らずや。孟子の所謂「民を仁して物を愛す」は、蓋し古言なり。物を愛惜するを謂ふなり。孟子に又た牛を愛するの説有るに因りて、宋儒誤りて以て慈愛の愛と為す者は、非なり。「数罟洿池に入れず、斧斤時を以て山林に入る」は、皆天物を暴はざるの義なり。若し徒らに慈愛を以て之を言はば、則ち孰れか浮屠の殺を戒むるに若かんや。孟子の仁術を以て之を言ふ所以の者は、以て斉王を誘はんと欲すればなり。其の弁を好むの失、率ね是くの如きのみ。