童子問 / 卷中
問。斑固盛稱文帝之儉。古之王者。亦尙儉乎。曰。王道以儉爲本。葢奢則不給。儉則有贏。可以我之有餘。而拯人人不足。己苟不足。則安能補人之不足。傳稱。堯土階三尺。茅茨不剪。采椽不斷。雖監門之食不飽。雖未必如其言。然由此可以見堯之儉德。孔子曰。禹吾無間然矣。非飮食。而致孝乎鬼神。惡衣服。而致美乎黻冕。卑宮室。而盡力乎溝洫。古先聖王皆躬自務儉者。葢植養民之本也。故王道以儉爲本。觀文帝紀。書賜今年田租之半者二。書除田之租稅者一。豈非帝躬務節儉。不輕用天下之財之驗乎。於斯時。天下富庶。黎民乂安。延長漢家四百年之國祚。皆文帝務節儉之效也。
新字:問。斑固盛称文帝之倹。古之王者。亦尚倹乎。曰。王道以倹為本。葢奢則不給。倹則有贏。可以我之有余。而拯人人不足。己苟不足。則安能補人之不足。伝称。堯土階三尺。茅茨不剪。采椽不断。雖監門之食不飽。雖未必如其言。然由此可以見堯之倹徳。孔子曰。禹吾無間然矣。非飲食。而致孝乎鬼神。悪衣服。而致美乎黻冕。卑宮室。而尽力乎溝洫。古先聖王皆躬自務倹者。葢植養民之本也。故王道以倹為本。観文帝紀。書賜今年田租之半者二。書除田之租税者一。豈非帝躬務節倹。不軽用天下之財之験乎。於斯時。天下富庶。黎民乂安。延長漢家四百年之国祚。皆文帝務節倹之効也。
書き下し
問ふ。斑固盛んに文帝の倹を称す。古の王者も、亦倹を尚ぶか。曰く、王道は倹を以て本と為す。蓋し奢れば則ち給らず、倹なれば則ち贏り有り。以て我の有余を以て、人人の不足を拯ふべし。己苟も足らずんば、則ち安んぞ能く人の不足を補はん。伝に称す、堯は土階三尺、茅茨剪らず、采椽断たず、監門の食と雖も飽かず、と。未だ必ずしも其の言のごとくならずと雖も、然れども此に由りて以て堯の倹徳を見るべし。孔子曰く、禹は吾間然すること無し。飲食を菲くして、孝を鬼神に致し、衣服を悪しくして、美を黻冕に致し、宮室を卑くして、力を溝洫に尽くす、と。古先の聖王は皆躬自ら倹を務むる者は、蓋し民を養ふの本を植うるなり。故に王道は倹を以て本と為す。文帝紀を観るに、今年の田租の半ばを賜ふと書する者二、田の租税を除くと書する者一。豈に帝躬ら節倹を務めて、軽々しく天下の財を用ひざるの験に非ずや。斯の時に於て、天下富庶にして、黎民乂安し、漢家四百年の国祚を延長せしは、皆文帝の節倹を務めし効なり。
現代語訳
問う。班固は文帝の倹約を盛んにたたえている。古の王者もまた倹約を尊んだのか。答える。王道は倹約を根本とする。思うに、奢れば足りなくなり、倹約すれば余りが出る。自分の余りで人々の不足を救うことができるのである。自分がもし足りなければ、どうして人の不足を補えようか。伝えによれば、堯は土の階段が三尺、茅葺きの屋根の端を切りそろえず、垂木も削らず、門番の食事でさえこれより粗末ではなかったという。必ずしもその言葉どおりではないにしても、これによって堯の倹約の徳を見ることができる。孔子は「禹については私は非の打ちどころがない。自分の飲食を粗末にして鬼神には孝を尽くし、普段の衣服を粗末にして祭服の美を尽くし、宮殿を低く質素にして灌漑の溝に力を尽くした」と言った。古の聖王がみな自ら倹約に努めたのは、民を養う根本を植えるためである。だから王道は倹約を根本とする。漢書の文帝紀を見ると、その年の田租の半分を免除したと記すのが二度、田の租税を免除したと記すのが一度ある。これこそ文帝が自ら節倹に努め、天下の財を軽々しく使わなかった証拠ではないか。この時、天下は豊かで人口も多く、民は安らかに治まり、漢王朝四百年の命運を延ばしたのは、みな文帝が節倹に努めた効果である。
解説
この章句が説くこと
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『童子問』卷中問ふ。文帝は百金の費を惜しみて、敢へて露台を作らず。而るに文王は則ち台を為り沼を為る者は、何ぞや。曰く、先王の城を築き門を造り、台榭苑囿の類を創むるは、一は以て国の為にし、一は以て民の為にす。其の国の為にする者も亦民の為なるのみ。徒に遊観の為に敢へて興作するに非ざるなり。魯人長府を為る。閔子騫曰く、旧貫に仍らば之を如何。何ぞ必ずしも改め作らん、と。春秋に一土木の興りも必ず書する者は、民力を重んずればなり。夫れ広堂大厦は、倉廩の積に起こる。倉廩の積は、民の耒耜に出づ。耒耜の微、積みて斗升の粟と為る。斗升の粟、積みて倉廩に充つ。倉廩の積、溢れて広堂大厦と為る。人皆広堂大厦の成るは倉廩に起こることを知りて、本耒耜の微に出づることを知らざるなり。聶夷中の詩に曰く、禾を鋤きて日午に当たる、汗は滴る禾下の土。誰か識らん盤中の餐、粒粒皆辛苦なるを、と。其の国の為民の為に非ずして、漫りに興作する者は、邦本を固むる所以を知らざるなり。夫の文王の台沼を為るがごときは、民と楽しみを同じくするの至りにして、庶民子のごとく来たり、日ならずして之を成す。槩して之を論ずべからざるなり。
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『童子問』卷中問ふ。国家承平日久しく、人皆安肆にして互ひに奢侈を以て相尚ぶ。其の久しきに及ぶや、習ひて以て風を成し、人其の奢靡たるを知らず。今遽かに節倹を以て之を治めんと欲すれば、則ち恐らくは人の遽かに従ひ難からん。如何。曰く、君子の徳は風なり、小人の徳は草なり。草之に風を尚ふれば、必ず偃す。民は其の令する所に従はずして、其の好む所に従ふ。顧ふに上の好む所如何に在るのみ。孔子曰く、上礼を好めば、則ち民敢へて敬せざる莫し。上義を好めば、則ち民敢へて服せざる莫し。上信を好めば、則ち民敢へて情を用ひざる莫し、と。皆上の好む所を謹むに在るのみ。上自ら華靡を好みて、下の節倹を欲せば、厳刑峻法以て之を縄すと雖も、而も得べからざるなり。苟も上自ら倹を好めば、則ち令せずして行はる。滕の文公古礼を行はんと欲す。父兄百官皆欲せず。其の卒るや、四方風動するに至り、路に遺ちたるを拾はざるの効有り。故に其の下に令せんと欲せば、則ち須要く其の好む所を謹むべし。上実に節倹を好まば、則ち何ぞ下の従はざるを憂へん。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒箕子カ紂王ノ象箸ヲ為テ嘆スル。孟子カ梁恵王ヲ見テ。王何必言利ト云フ。左伝荘公二十四年。魯大夫御孫カ言ニ。倹徳之共也。修悪之大也ト。論語ニ季康子盗ノ多ヲ憂テ。コレヲ孔子ニ問フ。孔子答フ苟子之不欲。雖賞之不窃トアル。老子ニ不貴難得之貨使民不為盗。不見可欲使心不乱トアル。周書ニ不貴異物賤用物民乃足。犬馬非其土性不畜。珍禽奇獣不育于圃。不実遠物則遠人格等トアル。此類ミナ千古ノ格言デ。此戒ノ戒相ナルシヤ。
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