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童子問 / 卷中

問。樂成於有餘。既得聞命矣。禮生於節儉。如何。曰。人情樂則勤。厭則荒。節儉之餘。必家富力給。故以文爲樂。此禮之所以興也。禮奢文勝。則財殫力勞。故厭心生焉。是禮之所以廢也。故論語曰。禮與其奢也。寧儉。又曰。先進於禮樂。野人也。後進於禮樂。君子也。如用之。則吾從先進。唐宋之定禮。必以彌文爲事。故唐開元禮。宋開寶政和等禮。皆爲虛器。不爲時用。葢知禮之末。而不知禮之本故也。樂雖成於有餘。然由節儉。而致有餘。則雖樂。亦皆本於節儉。故欲行王道。則不得不儉。

新字:問。楽成於有余。既得聞命矣。礼生於節倹。如何。曰。人情楽則勤。厭則荒。節倹之余。必家富力給。故以文為楽。此礼之所以興也。礼奢文勝。則財殫力労。故厭心生焉。是礼之所以廃也。故論語曰。礼与其奢也。寧倹。又曰。先進於礼楽。野人也。後進於礼楽。君子也。如用之。則吾従先進。唐宋之定礼。必以弥文為事。故唐開元礼。宋開宝政和等礼。皆為虚器。不為時用。葢知礼之末。而不知礼之本故也。楽雖成於有余。然由節倹。而致有余。則雖楽。亦皆本於節倹。故欲行王道。則不得不倹。

書き下し

問ふ。楽は有余に成ること、既に命を聞くことを得たり。礼は節倹に生ずとは、如何。曰く、人情は楽しめば則ち勤め、厭へば則ち荒む。節倹の余は、必ず家富み力給る。故に文を以て楽しみと為す。此れ礼の興る所以なり。礼奢り文勝てば、則ち財殫き力労す。故に厭ふ心生ず。是れ礼の廃るる所以なり。故に論語に曰く、礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ、と。又曰く、先進の礼楽に於けるや、野人なり。後進の礼楽に於けるや、君子なり。如し之を用ひば、則ち吾は先進に従はん、と。唐宋の礼を定むるや、必ず弥文を以て事と為す。故に唐の開元礼、宋の開宝・政和等の礼、皆虚器と為りて、時の用を為さず。蓋し礼の末を知りて、礼の本を知らざるが故なり。楽は有余に成ると雖も、然れども節倹に由りて有余を致せば、則ち楽と雖も、亦皆節倹に本づく。故に王道を行はんと欲せば、則ち倹ならざるを得ず。

現代語訳

問う。楽が余裕から成ることは、すでに教えていただいた。礼が節倹から生まれるとはどういうことか。答える。人の情は、楽しければ励み、嫌になれば荒れる。節倹を重ねた余りがあれば、必ず家は富み力は満ち足りる。だから飾りある形式を楽しむようになる。これが礼の興る理由である。礼が奢り飾りが勝てば、財は尽き力は疲れる。だから嫌う心が生じる。これが礼の廃れる理由である。だから論語に「礼は奢るよりは、むしろ質素にせよ」とあり、また「先輩たちの礼楽は野暮である。後輩たちの礼楽は洗練されている。もし用いるならば、私は先輩たちに従おう」とある。唐や宋が礼を定めたときは、必ず飾りを増やすことを事とした。だから唐の開元礼や宋の開宝礼・政和礼などは、みな形だけの器となって、時の役に立たなかった。思うに礼の末を知って、礼の本を知らなかったからである。楽は余裕から成るといっても、節倹によって余裕に至るのであるから、楽もまたすべて節倹に基づいている。だから王道を行おうとするならば、倹約しないわけにはいかない。

解説

前章の「楽は有余に成る」に続き、仁斎は「礼は節倹に生ず」を説明する。倹約によって家が富み力が満ちると、人は形を整えることを楽しむようになり、礼が興る。逆に礼が奢侈に流れ飾りが勝つと、財も力も尽きて嫌気が差し、礼は廃れる。論語の「礼は其の奢らんよりは寧ろ倹せよ」や先進に従う孔子の言葉を引き、飾り立てた唐宋の礼典が時の役に立たない虚器になったのは、礼の本を知らなかったからだと批判する。社内の儀式や手続きも、凝りすぎれば負担となって形骸化する。人が続けたいと思える簡素さこそ、作法や仕組みを生かし続ける秘訣である。

この章句が説くこと

礼倹王道先進虚礼本末

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