五常訓 / 巻之四・礼
一禮儀三百、威儀三千とて、およそ人の行ふべき大禮三百條、小禮三千條あり。是は其大槩をあげていへり。必三百三千に限るべからず。皆是つゝしみ敬ふ心より出で、天理の程よき所にして、人事のしかるべき作法なり。つゝしみ敬ふ心は、禮の本なり。三百三千の品は、禮の文なり。文とは外のあやなり。本なければ禮たゝず。文なければ禮行はれず。故に禮は本をおもんず。文も亦そなはらずんばあるべからず。
新字:一礼儀三百、威儀三千とて、およそ人の行ふべき大礼三百条、小礼三千条あり。是は其大槩をあげていへり。必三百三千に限るべからず。皆是つゝしみ敬ふ心より出で、天理の程よき所にして、人事のしかるべき作法なり。つゝしみ敬ふ心は、礼の本なり。三百三千の品は、礼の文なり。文とは外のあやなり。本なければ礼たゝず。文なければ礼行はれず。故に礼は本をおもんず。文も亦そなはらずんばあるべからず。
書き下し
一礼儀三百、威儀三千とて、およそ人の行ふべき大礼三百条、小礼三千条あり。是は其大槩をあげていへり。必三百三千に限るべからず。皆是つつしみ敬ふ心より出で、天理の程よき所にして、人事のしかるべき作法なり。つつしみ敬ふ心は、礼の本なり。三百三千の品は、礼の文なり。文とは外のあやなり。本なければ礼たたず。文なければ礼行はれず。故に礼は本をおもんず。文も亦そなはらずんばあるべからず。
現代語訳
礼儀三百、威儀三千といって、およそ人の行うべき大きな礼が三百条、小さな礼が三千条あります。これはそのおおよそを挙げていったものです。必ずしも三百、三千に限るべきではありません。みなこれは慎み敬う心から出て、天理のちょうどよいところであって、人事のしかるべき作法です。慎み敬う心は礼の本です。三百、三千の種類は礼の文です。文とは外のあやです。本がなければ礼は立ちません。文がなければ礼は行われません。ゆえに礼は本を重んじます。文もまた備えないわけにはいきません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之五礼楽は、聖人の人に教ふるの具なり。故に曰く、礼楽は斯須も身を去るべからず、と。蓋し礼楽に本有り文有り。礼楽の文は繁多なりと雖も、然れども礼の本は是れ一箇の敬、楽の本は是れ一箇の和なり。礼、之を外に表せば、則ち制度品節と為り、楽、之を外に表せば、則ち詠歌舞蹈と為る。所謂礼楽の文なり。本無ければ則ち立たず、文無ければ則ち行はれず。故に礼楽は本と文とを兼ねて全備と為す。礼勝れば則ち離る。故に楽有るを要す。楽勝れば則ち流る。故に礼有るを要す。二者相済ふべく、一を闕くべからざるなり。
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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孟子・告子章句下任人屋廬子に問ふ有りて曰く、「礼と食と孰れか重き。」曰く、「礼重し。」「色と礼と孰れか重き。」曰く、「礼重し。」曰く、「礼を以て食へば則ち飢ゑて死し、礼を以てせずして食へば則ち食を得んに、必ず礼を以てせんか。親迎すれば則ち妻を得ず、親迎せざれば則ち妻を得んに、必ず親迎せんか。」屋廬子対ふる能はず。明日鄒に之きて以て孟子に告ぐ。孟子曰く、「是に答ふるに於いて何か有らん。其の本を揣らずして、其の末を斉しくせば、方寸の木も岑楼より高からしむべし。金は羽より重しとは、豈に一鉤の金と一輿の羽との謂ならんや。食の重き者と礼の軽き者とを取りて之を比べば、奚ぞ翅に食重きのみならん。色の重き者と礼の軽き者とを取りて之を比べば、奚ぞ翅に色重きのみならん。往きて之に応へて曰へ、『兄の臂を紾りて之が食を奪へば、則ち食を得、紾らざれば、則ち食を得ずんば、則ち将に之を紾らんとするか。東家の墻を逾えて其の処子を摟けば、則ち妻を得、摟かざれば、則ち妻を得ずんば、則ち将に之を摟かんとするか。』と。」
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『五常訓』巻之四・礼一林放と云ひし人、世上の礼を行ふ者、かざり多く、ことわざしげくして、末をもはら務むるを、礼の本意にあらじと思ひて、礼の本を孔子に問ふ。凡万の事、まづ其本を得れば、其末おのづから出来るものなり。たとへば樹木の根本堅固なれば、千枝万葉皆これより出づるが如し。本をうしなひて、末のみをつとむれば、其実を失ふ。故に其つとむる事しげくして、其なすわざ小なり。しかるに、時の人のまよへるを悟り、礼の本に志あるを大なる問なりとて、先ほめ給ふ。さて答へてのたまふ意は、万の礼は、中を得るを貴ぶ。中は過不及なきなり。是礼の当然にて、至極せる道理なり。されども中に行ふ事ならずば、其本をつとむべし。万の事かざりのみにて、外の儀文華美にしておごらんよりは、唯ねがはくは倹を行ふべし。
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『春秋左氏伝』昭公五年 是れ儀なり、礼に非ず楚子屈申を以て吳に貳すと為し、乃ち之を殺す。屈生を以て莫敖と為し、令尹子蕩と晉に如きて女を逆へしむ。鄭を過ぐ。鄭伯子蕩を氾に勞ひ、屈生を菟氏に勞ふ。晉侯女を邢丘に送る。子產鄭伯に相として、晉侯に邢丘に會す。公晉に如く。郊勞より贈賄に至るまで、禮を失ふこと無し。晉侯女叔齊に謂ひて曰く、「魯侯亦た禮に善からずや」と。對へて曰く、「魯侯焉んぞ禮を知らん」と。公曰く、「何為れぞ。郊勞より贈賄に至るまで、禮違ふ者無し。何の故に知らずとする」と。對へて曰く、「是れ儀なり、禮と謂ふべからず。禮は其の國を守り、其の政令を行ひ、其の民を失ふこと無き所以の者なり。今政令は家に在りて、取る能はず。子家羈有りて、用ゐる能はず。大國の盟を奸し、小國を陵虐す。人の難を利として、其の私を知らず。公室四分し、民は他に食む。思ひ公に在る莫く、其の終はりを圖らず。國君と為りて、難將に身に及ばんとするに、其の所を恤へず。禮の本末、將に此に於いてか在らんとす。而るに屑屑焉として儀を習ひて以て亟(すみ)やかなり。禮に善しと言ふは、亦た遠からずや」と。君子謂ふ、叔侯是に於いてか禮を知れりと。
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『五常訓』巻之四・礼一君子は天地をおそれうやまふ。故に大風、大雨、迅雷などの時は、容をあらためて、夜はおきて衣服を著て坐す。是天のいかりを敬ふ礼なり。是亦天につかうまつるの道の一端なり。一少儀曰、虚を執れども盈をとるが如く、虚に入れども人あるが如くにす。いふ意は、内に物なき器をとるにも、盈ちてこぼれやすき器をとるが如く、おそれつつしむべし。人の居らざる家に入るにも、人あるが如くつつしむべし。是は敬の心常にあるを云ふ。礼の本なり。
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