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童子問 / 卷中

問。如何是王者之德。曰。王天下。則爲天下之天道。君一國。則爲一國之天道。爲一家之主。則爲一家之天道。夫天無私覆。地無私載。日月無私照。雖窮谷深澗牆陰屋下之地。太陽之氣靡所不至。一鱗介一萠芽之微。莫不稟其氣以生。故古昔王者。法天道以爲德。所謂裁成輔相天地之道。以左右民。是也。故其位曰天位。其職曰天職。書曰。天工人其代之。明百官有司。亦當以王者之心爲心也。伊尹曰。天下之民。匹夫匹婦。有不與被堯舜之澤者。若己推而內之溝中。此伊尹之以天職爲己之任也。民至賤也。王至貴也。然以民之父母爲王者之美稱。何哉。夫子之於父母。後其身而先其父母。捨其身以保其父母。死生患難。惟其父母之愛護。王者樂天下之樂。憂天下之憂。以民爲其赤子。故民亦親戴其上。猶其父母。響應影從。唯其所欲。而天下無可敵之愾。四方無可禦之寇。東面而征西夷怨。南面而征北狄怨。書曰。從吾后。后來其蘇。以民之父母爲王者之美稱。不亦宜乎。

新字:問。如何是王者之徳。曰。王天下。則為天下之天道。君一国。則為一国之天道。為一家之主。則為一家之天道。夫天無私覆。地無私載。日月無私照。雖窮谷深澗牆陰屋下之地。太陽之気靡所不至。一鱗介一萠芽之微。莫不稟其気以生。故古昔王者。法天道以為徳。所謂裁成輔相天地之道。以左右民。是也。故其位曰天位。其職曰天職。書曰。天工人其代之。明百官有司。亦当以王者之心為心也。伊尹曰。天下之民。匹夫匹婦。有不与被堯舜之沢者。若己推而内之溝中。此伊尹之以天職為己之任也。民至賤也。王至貴也。然以民之父母為王者之美称。何哉。夫子之於父母。後其身而先其父母。捨其身以保其父母。死生患難。惟其父母之愛護。王者楽天下之楽。憂天下之憂。以民為其赤子。故民亦親戴其上。猶其父母。響応影従。唯其所欲。而天下無可敵之愾。四方無可禦之寇。東面而征西夷怨。南面而征北狄怨。書曰。従吾后。后来其蘇。以民之父母為王者之美称。不亦宜乎。

書き下し

問ふ。如何なるか是れ王者の徳。曰く、天下に王たれば、則ち天下の天道たり。一国に君たれば、則ち一国の天道たり。一家の主たれば、則ち一家の天道たり。夫れ天に私覆無く、地に私載無く、日月に私照無し。窮谷深澗、牆陰屋下の地と雖も、太陽の気至らざる所靡し。一鱗介一萌芽の微も、其の気を稟けて以て生ぜざるは莫し。故に古昔の王者は、天道に法りて以て徳と為す。所謂天地の道を裁成輔相して、以て民を左右す、是れなり。故に其の位を天位と曰ひ、其の職を天職と曰ふ。書に曰く、天工人其れ之に代はる、と。百官有司も、亦当に王者の心を以て心と為すべきを明らかにするなり。伊尹曰く、天下の民、匹夫匹婦、堯舜の沢を被るに与らざる者有らば、己推して之を溝中に内るるがごとし、と。此れ伊尹の天職を以て己の任と為すなり。民は至賤なり、王は至貴なり。然るに民の父母を以て王者の美称と為すは、何ぞや。夫れ子の父母に於けるや、其の身を後にして其の父母を先にし、其の身を捨てて以て其の父母を保ち、死生患難、惟其の父母を之れ愛護す。王者は天下の楽しみを楽しみ、天下の憂ひを憂へ、民を以て其の赤子と為す。故に民も亦其の上を親戴すること、猶ほ其の父母のごとく、響きのごとく応じ影のごとく従ひ、唯其の欲する所のままにして、天下に敵すべきの愾無く、四方に禦ぐべきの寇無し。東面して征すれば西夷怨み、南面して征すれば北狄怨む。書に曰く、吾が后を徯つ、后来たらば其れ蘇らん、と。民の父母を以て王者の美称と為す、亦宜ならずや。

現代語訳

問う。王者の徳とはどのようなものか。答える。天下に王たる者は天下の天道となり、一国の君たる者は一国の天道となり、一家の主たる者は一家の天道となる。そもそも天はえこひいきして覆うことがなく、地はえこひいきして載せることがなく、日月はえこひいきして照らすことがない。深い谷の奥や谷川、垣根の陰や軒下の地であっても、太陽の気が届かないところはなく、一匹の魚や貝、一つの芽生えのような小さなものも、その気を受けて生まれないものはない。だから昔の王者は天道にのっとって徳とした。いわゆる天地の道を整え助けて、民を支え導くというのがこれである。だからその位を天位といい、その職を天職という。書経に「天の仕事は人がこれに代わって行う」とあるのは、百官や役人もまた王者の心を自分の心としなければならないことを明らかにしたものである。伊尹は「天下の民の一人の男、一人の女でも、堯舜の恵みを受けない者があれば、自分がその人を溝の中に突き落としたかのように思う」と言った。これは伊尹が天職を自分の任務としたのである。民は最も賤しく、王は最も貴い。それなのに「民の父母」を王者のほめ言葉とするのはなぜか。そもそも子が父母に対しては、自分を後にして父母を先にし、自分の身を捨てても父母を守り、生死や災難の中でもひたすら父母を愛し守る。王者は天下の楽しみを楽しみ、天下の憂いを憂え、民を自分の赤子とする。だから民もまたその上を父母のように親しみ仰ぎ、響きに応じ影が従うように、王者の望むままに動き、天下に刃向かう怒りはなく、四方に防ぐべき賊もない。東に向かって征伐すれば西の夷が「なぜ我々を後にするのか」と怨み、南に向かって征伐すれば北の狄が怨む。書経に「わが君を待つ。君が来れば我々は生き返るだろう」とある。民の父母を王者のほめ言葉とするのも、もっともではないか。

解説

王者の徳を問われて、仁斎は「天道」と答える。天子は天下の、国君は一国の、家長は一家の天道となる。天地や日月が万物をえこひいきなく覆い照らすように、上に立つ者の恵みはすべての人に及ばなければならない。伊尹が一人でも恵みに浴さない民がいれば自分が溝に突き落としたように感じた逸話は、天職を担う者の責任感をよく示す。また王者を「民の父母」と呼ぶのは、民を赤子とし天下と憂楽を共にするからで、そうすれば民は父母を慕うように上を仰ぐと説く。立場の大小を問わず、責任ある者は自分の持ち場の天道として、目の届きにくい隅にいる人にまで気を配れているか、問われている。

この章句が説くこと

王道天道仁民の父母責任伊尹

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