武訓 / 下・第15段
良將のいくさは、はかりごとよく、おもんばかりくはしくして、かちやすきにかつ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚將暗主は、此の理をしらずして、敵身方士卒の多く死するを悅ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は、戰はずしてかつをよしとす。若、やむことを得ずして戰ふとても、いくさの道よく、はかりごとあるゆゑに、良將は、敵をも、身方をも多くころさず。古人の曰、將となること三世なれば、子孫なし。いふ意は、天道は、不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡、天の下の人は、皆、天の子なれば、其の子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其の子孫絕ゆとなり。仁者は、將となりても、人を多くころさず。しからば、將たること數代なりとも、何ぞ害あらんや。若、不仁にして、人を多くころしたる人は、三世にかぎらず、一代將となりても、其の子孫斷絕せし人、古今、其のためし多し。天道不仁をにくみ給ふこと、これを以てしるべし。其の理たがはず、うたがふべからず。天道おそるべし。あきらかなり。
新字:良将のいくさは、はかりごとよく、おもんばかりくはしくして、かちやすきにかつ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚将暗主は、此の理をしらずして、敵身方士卒の多く死するを悦ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は、戦はずしてかつをよしとす。若、やむことを得ずして戦ふとても、いくさの道よく、はかりごとあるゆゑに、良将は、敵をも、身方をも多くころさず。古人の曰、将となること三世なれば、子孫なし。いふ意は、天道は、不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡、天の下の人は、皆、天の子なれば、其の子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其の子孫絶ゆとなり。仁者は、将となりても、人を多くころさず。しからば、将たること数代なりとも、何ぞ害あらんや。若、不仁にして、人を多くころしたる人は、三世にかぎらず、一代将となりても、其の子孫断絶せし人、古今、其のためし多し。天道不仁をにくみ給ふこと、これを以てしるべし。其の理たがはず、うたがふべからず。天道おそるべし。あきらかなり。
書き下し
良將のいくさは、はかりごとよく、おもんばかりくはしくして、かちやすきにかつ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚將暗主は、此の理をしらずして、敵身方士卒の多く死するを悅ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は、戰はずしてかつをよしとす。若、やむことを得ずして戰ふとても、いくさの道よく、はかりごとあるゆゑに、良將は、敵をも、身方をも多くころさず。古人の曰、將となること三世なれば、子孫なし。いふ意は、天道は、不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡、天の下の人は、皆、天の子なれば、其の子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其の子孫絕ゆとなり。仁者は、將となりても、人を多くころさず。しからば、將たること數代なりとも、何ぞ害あらんや。若、不仁にして、人を多くころしたる人は、三世にかぎらず、一代將となりても、其の子孫斷絕せし人、古今、其のためし多し。天道不仁をにくみ給ふこと、これを以てしるべし。其の理たがはず、うたがふべからず。天道おそるべし。あきらかなり。
現代語訳
良将の戦は、はかりごとがよく、思慮が行き届いていて、勝ちやすい相手に勝つ。だから兵士の多くは討ち死にしない。愚かな将や暗い主君はこの理を知らず、敵も味方も兵士が多く死ぬのを喜ぶが、それは不仁であるばかりでなく、戦の道に疎いからである。「上兵は戦わずして勝つのをよしとする」。もしやむを得ず戦うとしても、戦の道をよく心得、はかりごとがあるので、良将は敵をも味方をも多く殺さない。古人は「将となること三世なれば子孫なし」と言った。その意味は、天道は不仁を憎み、殺すことをお好みにならない。およそ天下の人はみな天の子であるから、その子を殺すことを憎まれる。そのため人を殺すことを好めば、その子孫が絶えるというのである。仁者は将となっても人を多く殺さない。それなら、将であることが数代に及んでも何の害があろうか。もし不仁で人を多く殺した人は、三世に限らず、一代だけ将となっても子孫が断絶した例が、古今に多い。天道が不仁を憎まれることは、これで知るべきである。その理は違わず、疑ってはならない。天道は恐れるべきである。明らかである。
解説
この章句が説くこと
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『文武訓』武訓下仁者は、将となりても人を多くころさず。しからば将たること数代なりとも、何ぞ害あらんや。若不仁にして人を多くころしたる人は、三世にかぎらず、一代将となりても、其子孫断絶せし人、古今其ためし多し。天道不仁をにくみ給ふこと、これを以て知るべし。其理たがはず、うたがふべからず。天道おそるべし、あきらかなり。
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『童子問』卷中問ふ。如何なるか是れ王者の徳。曰く、天下に王たれば、則ち天下の天道たり。一国に君たれば、則ち一国の天道たり。一家の主たれば、則ち一家の天道たり。夫れ天に私覆無く、地に私載無く、日月に私照無し。窮谷深澗、牆陰屋下の地と雖も、太陽の気至らざる所靡し。一鱗介一萌芽の微も、其の気を稟けて以て生ぜざるは莫し。故に古昔の王者は、天道に法りて以て徳と為す。所謂天地の道を裁成輔相して、以て民を左右す、是れなり。故に其の位を天位と曰ひ、其の職を天職と曰ふ。書に曰く、天工人其れ之に代はる、と。百官有司も、亦当に王者の心を以て心と為すべきを明らかにするなり。伊尹曰く、天下の民、匹夫匹婦、堯舜の沢を被るに与らざる者有らば、己推して之を溝中に内るるがごとし、と。此れ伊尹の天職を以て己の任と為すなり。民は至賤なり、王は至貴なり。然るに民の父母を以て王者の美称と為すは、何ぞや。夫れ子の父母に於けるや、其の身を後にして其の父母を先にし、其の身を捨てて以て其の父母を保ち、死生患難、惟其の父母を之れ愛護す。王者は天下の楽しみを楽しみ、天下の憂ひを憂へ、民を以て其の赤子と為す。故に民も亦其の上を親戴すること、猶ほ其の父母のごとく、響きのごとく応じ影のごとく従ひ、唯其の欲する所のままにして、天下に敵すべきの愾無く、四方に禦ぐべきの寇無し。東面して征すれば西夷怨み、南面して征すれば北狄怨む。書に曰く、吾が后を徯つ、后来たらば其れ蘇らん、と。民の父母を以て王者の美称と為す、亦宜ならずや。
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『十善法語』巻第一・不殺生戒此中初ニ人事ヲ全クシテ不殺生戒ヲ護持スル。人事カ全ケレハ自ラ天道アルコトヲ知ル。天道カ全ケレハ自ラ本性ニ達スル。生死相続縁起ノ趣ニ通達スル時節アルヘキシヤ。天地ノ天地タル所。大人ノ大人タル所ハ。生トシ生ル者ニ悉ク其所ヲ得セシムルニアル。万物ヲ各各生育メ止マヌ処ニアル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此道常ニ存在シテ。世間ニ住スルシヤ。支那国ニモ。大人君子ハ自ラ此心アルシヤ。左伝ニ。叔了軍タチシテ費ヲ囲ム。初敗軍ス。平子怒テ云。費人ヲ見ハ執ヘヨト。冶区夫云。然ラス。若費人ヲ見ハ。寒タル者ニハ衣ヲ与ヘ。飢タル者ニハ食ヲ与ヘヨト。平子コレニ従フ。一年ヲ経テ其功有タト云コトシヤ。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一仁は人をあはれみ、物をそだつる善心なり。是天地のめぐみの心をうけて、人の心とする所なり。故に孟子に、仁は人の心なりといへり。人ごとに生れつきたる本心なり。君子は此本心を失はず、おのれを愛する心を以て人を愛し、人我のへだてなし。小人はひとへに我が身を愛して人を愛せず、人我のへだて深し。是私欲あればなり。是を不仁と云ふ。人たるものは仁を以て心とすべし。不仁の人は、本心を失ひ、人道をほろぼし、天道にそむく、此故に、人の尤いましむべき事、不仁より先なるはなし。不仁は天地人のにくむ所なり。故につひに天罰をかうぶりて、わざはひあり。其上子孫までも報ふものなり。天道おそるべし。此道理、古今からやまと、ためし多し。違ふことなし、疑ふべからず。
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