童子問 / 卷中
問。孟子何專主仁義。而於智或有惡之乎。曰。凡過高過深。好大喜難。索隱行怪。邪說暴行。不可與入堯舜之道者。皆過用智故也。莊子三十三篇。大藏五千凾。其他諸子百家。擧皆爲一智字之所誤。豈非可畏之甚耶。孔子曰。知之爲知之。不知爲不知。是知也。又曰。君子於其所不知。葢闕如也。孟子亦曰。堯舜之智。不徧物。急先務也。此所謂禹之行水也。行其所無事也。孟子嘗論伯夷伊尹柳下惠之所以與孔子不同曰。智譬則巧也。聖譬則力也。由射於百步之外也。其至爾力也。其中非爾力也。又曰。如智者亦行其所無事。則智亦大矣。孟子亦豈廢智乎。其所惡於智者。爲其鑿也。孔子亦曰。好知不好學。其蔽也蕩。然則。君子之用智。其所取捨。可知矣。
新字:問。孟子何専主仁義。而於智或有悪之乎。曰。凡過高過深。好大喜難。索隠行怪。邪説暴行。不可与入堯舜之道者。皆過用智故也。荘子三十三篇。大蔵五千函。其他諸子百家。挙皆為一智字之所誤。豈非可畏之甚耶。孔子曰。知之為知之。不知為不知。是知也。又曰。君子於其所不知。葢闕如也。孟子亦曰。堯舜之智。不遍物。急先務也。此所謂禹之行水也。行其所無事也。孟子嘗論伯夷伊尹柳下恵之所以与孔子不同曰。智譬則巧也。聖譬則力也。由射於百歩之外也。其至爾力也。其中非爾力也。又曰。如智者亦行其所無事。則智亦大矣。孟子亦豈廃智乎。其所悪於智者。為其鑿也。孔子亦曰。好知不好学。其蔽也蕩。然則。君子之用智。其所取捨。可知矣。
書き下し
問ふ。孟子何ぞ専ら仁義を主として、智に於ては或いは之を悪むこと有るか。曰く、凡そ高きに過ぎ深きに過ぎ、大を好み難を喜び、隠を索め怪を行ひ、邪説暴行、与に堯舜の道に入るべからざる者は、皆智を過用するが故なり。荘子三十三篇、大蔵五千函、其の他諸子百家、挙げて皆一の智の字の誤る所と為る。豈に畏るべきの甚だしきに非ずや。孔子曰く、之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり、と。又曰く、君子は其の知らざる所に於て、蓋し闕如たり、と。孟子も亦曰く、堯舜の智にして物に遍からず、先務を急にす、と。此れ所謂禹の水を行る、其の事無き所を行ふなり。孟子嘗て伯夷・伊尹・柳下恵の孔子と同じからざる所以を論じて曰く、智は譬へば則ち巧なり、聖は譬へば則ち力なり。由ほ百歩の外に射るがごときなり。其の至るは爾の力なり、其の中るは爾の力に非ざるなり、と。又曰く、智者の如きも亦其の事無き所を行はば、則ち智も亦大なり、と。孟子も亦豈に智を廃せんや。其の智を悪む所の者は、其の鑿つが為なり。孔子も亦曰く、知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩、と。然らば則ち君子の智を用ふる、其の取捨する所、知るべし。
現代語訳
問う。孟子はなぜもっぱら仁義を主とし、智についてはそれを嫌うようなところがあるのか。答える。およそ高すぎ深すぎ、大きなことを好み難しいことを喜び、隠れたことを探り怪しい行いをし、邪説や暴行に走って、ともに堯舜の道に入ることのできない者は、みな智を使いすぎるからである。荘子三十三篇、仏典五千函、その他の諸子百家は、すべて「智」の一字に誤らされたものである。なんと恐るべきことではないか。孔子は「知っていることは知っているとし、知らないことは知らないとする、これが知るということだ」と言い、また「君子は自分の知らないことについては、口を閉ざしておくものだ」と言った。孟子もまた「堯舜の智でもあらゆる物に及んだわけではなく、まず急ぐべき務めを急いだ」と言った。これがいわゆる「禹が水を治めたのは、無理のないところに流したのだ」ということである。孟子はかつて伯夷・伊尹・柳下恵が孔子と違う理由を論じて「智はたとえれば技巧であり、聖はたとえれば力である。百歩の外から弓を射るようなもので、届くのはお前の力だが、的に当たるのはお前の力ではない」と言い、また「もし智者も無理のないところを行うならば、智もまた大きいものだ」と言った。孟子がどうして智を捨てたであろうか。智を嫌うのは、それが無理に穿鑿するからである。孔子も「知を好んで学を好まなければ、その弊害はとりとめのなさだ」と言った。それならば君子が智を用いるうえで何を取り何を捨てるかは、わかるであろう。
解説
この章句が説くこと
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