童子問 / 卷上
問。顏子喟然歎曰。仰之彌高。鑽之彌堅。瞻之在前。忽焉在後。以此觀之。則夫子之道。亦甚高妙。不可謂卑近。曰。此說者之謬見。非魯論之本旨。顏子之歎。非歎其高堅前後也。及受夫子之鑪錘。悟前日之非。喜而歎之也。葢顏子至聰明。其始見道甚高。徒見其恍惚變幻不可爲象。而未見其實處。故曰。彌高彌堅。在前在後。是可觀其無所模擬。而欛柄未入手。曁聞博文約禮之敎。而始知夫子之善誘人。學初就平實。得至欲罷不能之地。故喜而歎之。故首發高堅前後之言。次言夫子循循然善誘人。終言欲從之末由也巳。其次第自可見矣。蓋博文約禮。即下學之事。亦非卑近而何。故知實德。而後能知卑近之可尙。知卑近之可尙。而後自識論語之妙。難矣哉艱矣哉。
新字:問。顔子喟然嘆曰。仰之弥高。鑽之弥堅。瞻之在前。忽焉在後。以此観之。則夫子之道。亦甚高妙。不可謂卑近。曰。此説者之謬見。非魯論之本旨。顔子之嘆。非嘆其高堅前後也。及受夫子之鑪錘。悟前日之非。喜而嘆之也。葢顔子至聰明。其始見道甚高。徒見其恍惚変幻不可為象。而未見其実処。故曰。弥高弥堅。在前在後。是可観其無所模擬。而欛柄未入手。曁聞博文約礼之教。而始知夫子之善誘人。学初就平実。得至欲罷不能之地。故喜而嘆之。故首発高堅前後之言。次言夫子循循然善誘人。終言欲従之末由也巳。其次第自可見矣。蓋博文約礼。即下学之事。亦非卑近而何。故知実徳。而後能知卑近之可尚。知卑近之可尚。而後自識論語之妙。難矣哉艱矣哉。
書き下し
問ふ、顔子喟然として歎じて曰く、之を仰げば弥高く、之を鑽れば弥堅し。之を瞻れば前に在り、忽焉として後に在りと。此を以て之を観れば、則ち夫子の道も亦た甚だ高妙にして、卑近と謂ふべからずと。曰く、此れ説く者の謬見にして、魯論の本旨に非ず。顔子の歎は、其の高堅前後を歎ずるに非ざるなり。夫子の鑪錘を受くるに及びて、前日の非を悟り、喜びて之を歎ずるなり。蓋し顔子は至聡明なり。其の始め道を見ること甚だ高く、徒らに其の恍惚変幻にして象を為すべからざるを見て、未だ其の実処を見ず。故に曰く、弥高く弥堅く、前に在り後に在りと。是れ其の模擬する所無くして、欛柄未だ手に入らざるを観るべし。博文約礼の教を聞くに曁びて、始めて夫子の善く人を誘ふことを知り、学初めて平実に就き、罷めんと欲して能はざるの地に至ることを得たり。故に喜びて之を歎ず。故に首めに高堅前後の言を発し、次に夫子循循然として善く人を誘ふと言ひ、終りに之に従はんと欲すと雖も由る末きのみと言ふ。其の次第自ら見るべし。蓋し博文約礼は、即ち下学の事なり。亦た卑近に非ずして何ぞや。故に実徳を知りて、而る後に能く卑近の尚ぶべきを知る。卑近の尚ぶべきを知りて、而る後に自ら論語の妙を識る。難いかな、艱いかな。
現代語訳
問う。「顔回はため息をついて嘆き、『仰げば仰ぐほど高く、切り込めば切り込むほど堅い。前にあると見ていると、ふっと後ろにある』と言いました。これから見ると、孔子の道もたいへん高く霊妙で、卑近とは言えないのではないでしょうか。」答えて言う。「それは解説する者の誤った見方で、論語の本旨ではない。顔回の嘆きは、道の高さ・堅さ・前後の捉えがたさを嘆いたのではない。孔子の鍛錬を受けて前日までの誤りを悟り、喜んで嘆声を発したのである。思うに顔回はこの上なく聡明であったので、はじめは道をたいへん高いものと見て、ただとらえどころなく変幻して形にならないものを見るばかりで、まだその実際のところを見ていなかった。だから『いよいよ高く、いよいよ堅く、前にあり後ろにある』と言ったのだ。これは、手本とするものがなく、まだ握りどころを手にしていなかったことを見るべきである。博文約礼(広く文を学び礼で締めくくる)の教えを聞くに及んで、はじめて孔子が人をよく導くことを知り、学問がはじめて平らかで着実なところに就き、やめようとしてもやめられない境地に至ることができた。だから喜んで嘆いたのである。それゆえ、まず高く堅く前後するという言葉を発し、次に『先生は順序立てて巧みに人を導かれる』と言い、最後に『ついていこうとしても、どこから行けばよいか分からないほどだ』と言った。その順序はおのずから明らかである。思うに博文約礼は下学(身近な学び)の事である。これが卑近でなくて何であろうか。だから真実の徳を知ってはじめて卑近の尊さを知ることができ、卑近の尊さを知ってはじめて自然と論語の妙味を知るのである。難しいことだなあ、困難なことだなあ。」
解説
この章句が説くこと
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徒然草・第129段顔囘は、志人に労を施さじとなり。すべて人を苦しめ、物を虐ぐる事、賎しき民の志をも奪ふべからず。又幼き子を賺し嚇し、言ひ辱しめて興ずることあり。大人しき人は、まことならねば事にもあらず思へど、幼き心には、身にしみて恐ろしく、恥しく、あさましき思ひ、誠に切なるべし。これを悩して興ずる事、慈悲の心にあらず。大人しき人の、喜び怒り哀れび楽しぶも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。身を破るよりも、心を痛ましむるは、人を害ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。外より来る病は少なし。薬を飮みて汗を求むるには、験なき事あれども、一旦恥ぢ恐るゝことあれば、かならず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて、白頭の人となりし例なきにあらず。
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史記 仲尼弟子列伝顔回は、魯の人なり、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。顔淵、仁を問ふ。孔子曰く、「己に克ち礼に復る、天下仁に帰す」と。孔子曰く、「賢なるかな回や、一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り、人は其の憂ひに堪へず、回や其の楽しみを改めず。回や愚なるが如し、退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る、回や愚ならず。之を用ふれば則ち行ひ、之を捨つれば則ち蔵る、唯我と爾とのみ是れ有るかな」と。回、年二十九、髪尽く白くして蚤く死す。孔子之を哭して慟し、曰く、「吾に回有りて自り、門人益々親しむ」と。魯の哀公問ふ、「弟子は孰をか学を好むと為すか」と。孔子対へて曰く、「顔回なる者有り、学を好み、怒りを遷さず、過ちを貮たびせず。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し」と。
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論語・雍也篇哀公問う、弟子孰か学を好むと為す。孔子対えて曰く、顔回という者あり、学を好む。怒りを遷さず、過ちを二たびせず。不幸短命にして死せり。今は則ち亡し、未だ学を好む者を聞かざるなり。
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論語・雍也篇子曰く、『回や、その心三月仁に違わず。其の余は則ち日月至るのみ。』
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中庸子曰く、「回(かい)の人と為(な)りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)して之を失わず」と。
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説苑・辨物孔子晨(あした)に堂上に立ち、哭する者の声音甚だ悲しきを聞く。孔子琴を援(と)りて之を鼓す、其の音同じ。孔子出づるに、弟子吒(さ)する者有り。問う、「誰ぞや。」曰わく、「回なり。」孔子曰わく、「回何為(なんす)れぞ吒するや。」回曰わく、「今者哭する者有り、其の音甚だ悲し。独り死を哭するのみに非ず、又生きて離るる者を哭するなり。」孔子曰わく、「何を以て之を知るや。」回曰わく、「完山の鳥に似たり。」孔子曰わく、「何如(いかん)。」回曰わく、「完山の鳥四子を生み、羽翼已に成りて乃ち四海に離る。哀鳴して之を送るは、是れ往きて復た返らざればなり。」孔子人をして哭する者に問わしむ。哭する者曰わく、「父死して家貧しく、子を売りて以て之を葬らんとす、将に其れ与に別れんとするなり。」孔子曰わく、「善いかな、聖人なり。」
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