中庸
子曰:「回之為人也,擇乎中庸,得一善,則拳拳服膺而弗失之矣。」
新字:子曰:「回之為人也,択乎中庸,得一善,則拳拳服膺而弗失之矣。」
書き下し
子曰く、「回(かい)の人と為(な)りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)して之を失わず」と。
現代語訳
孔子は言われた。「顔回という人物は、中庸を選び取り、ひとつの善いことを得たならば、それを両手でしっかりと抱きかかえるようにして胸に収め、二度と手放すことがなかった」と。
解説
前段の「一か月も守れない」人々と対比される形で、愛弟子・顔回が理想例として挙げられます。顔回のすごさは、たくさんの善を知っていたことではありません。ひとつの善を得たら、それを胸に抱きしめて絶対に手放さなかった、その一点にあります。「拳拳服膺」という言葉が印象的で、大切なものを両手で包むように守り抜く姿が目に浮かびます。学びの質を決めるのは、どれだけ多くを知ったかではなく、得たひとつをどれだけ深く自分のものにしたかです。研修やセミナーで大量に学んでも、翌週には何も残っていないことがあります。むしろ、たったひとつを掴んで離さない人のほうが、確実に変わっていきます。
この章句が説くこと
顔回拳拳服膺一善を守る学びの深さ
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