童子問 / 卷上
請益。曰。子識夫五穀乎。論天下之至味。則至五穀而極矣。雖八珍美膳醍醐上味。不若五穀之可常食。而不厭。況非此。則莫以存軀命矣。若夫美味。雖姑可於口。然嗜之不止。則必害於人。前輩所謂嗜異味者。必有異疾。是也。若論語之於道。乃食中之嘉穀也。施之四海而有準。傳之萬世而無弊。所患在人之不知焉耳。
新字:請益。曰。子識夫五穀乎。論天下之至味。則至五穀而極矣。雖八珍美膳醍醐上味。不若五穀之可常食。而不厭。況非此。則莫以存躯命矣。若夫美味。雖姑可於口。然嗜之不止。則必害於人。前輩所謂嗜異味者。必有異疾。是也。若論語之於道。乃食中之嘉穀也。施之四海而有準。伝之万世而無弊。所患在人之不知焉耳。
書き下し
益を請ふ。曰く、子夫の五穀を識るか。天下の至味を論ずれば、則ち五穀に至りて極まる。八珍美膳・醍醐上味と雖も、五穀の常に食ふべくして厭かざるに若かず。況んや此に非ざれば、則ち以て軀命を存すること莫し。夫の美味の若きは、姑く口に可なりと雖も、然れども之を嗜みて止まざれば、則ち必ず人を害す。前輩の所謂異味を嗜む者は必ず異疾有りとは、是れなり。論語の道に於ける若きは、乃ち食中の嘉穀なり。之を四海に施して準有り、之を万世に伝へて弊無し。患ふる所は人の知らざるに在るのみ。
現代語訳
童子がさらに教えを請うた。答えて言う。「あなたは五穀を知っているか。天下の最上の味を論じれば、五穀に至って極まる。八種の珍味やすばらしい料理、醍醐のような上等の味であっても、五穀がいつも食べられて飽きることがないのには及ばない。まして五穀でなければ命を保つことはできない。あのような美味は、しばらくは口に合うとしても、好んでやめなければ必ず人を害する。先人が『珍しい味を好む者には必ず珍しい病がある』と言ったのはこのことだ。論語の道におけるありようは、食べ物の中のよい穀物である。四海に施しても基準となり、万世に伝えても弊害がない。心配なのは、人がそれを知らないことだけである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之二大凡そ道を聞くこと、亦た各々禀性の高下に随ひて浅深有るのみ。然れども其の生質通明淳正の士に非ざれば、則ち殆ど此に到ること易からず。偏僻蔽昧の徒は、聞くこと能はざる所なり。故に力を経術に用ゐること数十年と雖も、亦た未だ其の藩籬を窺ふこと能はざる者有り。是れ章句の習、訓詁の学と謂ふべきなり。
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『慎思録』巻之五凡そ事は必ず咨訪して後に明らかなり。故に曰く、問ふことを好めば則ち裕かなり、と。必ず経歴して後に熟す。故に曰く、一事に躓く者は一智を長ず、と。苟も咨訪せずして自ら用ひ、経歴せずして妄りに行へば、亦殆ふいかなと曰ふ。朱子曰く、学は道を知るを以て本と為す。道を知れば則ち学純にして心正し、と。愚謂ふ、是れ学を為すの本旨なり。学者の志を立つる、宜しく此くの如くなるべし。蓋し学は将に以て道を知らんとす。苟も学を為して、道を知るを以て本と為さずんば、博学広聞すと雖も益無く、徒に心思を労するのみ。所謂多しと雖も亦奚を以て為さんといふものなり。夫れ道を知るは固より極めて難し。然れども道を知るを以て志と為さざれば、則ち学を為すこと駁雑にして純一ならず、心を立つること邪僻にして平正ならず。其の本を失ふに因るなり。然らば則ち宏才博聞の人に逾ゆる有りと雖も、儒者の学と為すべからず。百家衆技の流と相同じきを免れず。此れ即ち俗学の習ひにして、亦貴しと為すに足らず。若し乃ち朱子の言を以て之を反覆して言はば、道を知らんと欲すれば、則ち先づ須らく学純にして心正しきを要すべし。苟も学雑にして純一ならず、心正しからずして邪僻なれば、則ち道と相乖戻す。何を以てか道を知るを得んや。
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『慎思録』巻之四食は以て生を養ふ。饕餮なる者は此を以て生を傷る。薬は以て人を救ふ。庸医は此を以て人を殺す。学は以て性を治む。小人は此を以て性を傷る。此の三者は、本是れ人を益するの物事なり。然り而して人を害すること此の如きは、之を用ふるの其の道を失ふに由るなり。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、其所は、師たる人も、さつぱりとは済ねども、此は聖人のことにて、今の学者の知るべき所に非ず、忠恕のことなりと云て、此うへのことは、決して沙汰なきことなり。答、汝は今の学者の知るべき所に非ずと云。聖人の教は、古今に通じて変ことなし。今と古とを分るは、仏氏の末世と云教なり。混雑すべからず。扨孔子、適も無く莫も無しとの玉ひ、又顔淵の、前に在りと思へば忽焉として後に在りとの玉ひ、孟子、道は一のみとの玉ふ。加様の類多し。汝はいかゞ心得居られ候や。
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『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
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『文武訓』文訓上之末一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
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