童子問 / 卷上
有一童行。問曰。伏聞先生闡明孔孟之正指。以敎導學者。然入門日淺。賦性亦魯。加之先入之言爲主。而不免於孔孟之直指。反驚且怪。冀賜開示。予應之曰。孔孟之直指。見於論孟二書者。炳如丹靑。包含天下之理。而無缺。會萃百家之典。而不遺。出於此。則旁徑也。他岐也。子欲識予之意。則觀語孟二書足矣。今雖爲子傾困倒廩。以盡告之。亦莫能出於二書之外者矣。子能熟讀翫味有得焉。則雖與予生相睽違。阻地隔世。猶相聚一堂。終日論議。心心相照。若合符節。自莫相違。勉旃。勿怠。惟恐子徒以爲聖門平正親切之書。而不知深意所在。
新字:有一童行。問曰。伏聞先生闡明孔孟之正指。以教導学者。然入門日浅。賦性亦魯。加之先入之言為主。而不免於孔孟之直指。反驚且怪。冀賜開示。予応之曰。孔孟之直指。見於論孟二書者。炳如丹青。包含天下之理。而無欠。会萃百家之典。而不遺。出於此。則旁径也。他岐也。子欲識予之意。則観語孟二書足矣。今雖為子傾困倒廩。以尽告之。亦莫能出於二書之外者矣。子能熟読翫味有得焉。則雖与予生相睽違。阻地隔世。猶相聚一堂。終日論議。心心相照。若合符節。自莫相違。勉旃。勿怠。惟恐子徒以為聖門平正親切之書。而不知深意所在。
書き下し
一童行有り。問うて曰く、伏して聞く、先生孔孟の正指を闡明して、以て学者を教導すと。然れども門に入ること日浅く、賦性も亦た魯なり。之に加ふるに先入の言主と為りて、孔孟の直指に免れず、反つて驚き且つ怪しむ。冀はくは開示を賜へと。予之に応へて曰く、孔孟の直指は、論孟二書に見ゆる者、炳として丹青の如し。天下の理を包含して欠くること無く、百家の典を会萃して遺さず。此を出づれば、則ち旁径なり、他岐なり。子予が意を識らんと欲せば、則ち語孟二書を観て足れり。今子の為に困を傾け廩を倒して、以て尽く之を告ぐと雖も、亦た能く二書の外に出づる者莫し。子能く熟読翫味して得ること有らば、則ち予と生相睽違し、地を阻て世を隔つと雖も、猶ほ一堂に相聚まり、終日論議して、心心相照らし、符節を合はするが若く、自ら相違ふこと莫からん。勉めよや、怠ること勿かれ。惟だ恐る、子徒らに以て聖門平正親切の書と為して、深意の在る所を知らざらんことを。
現代語訳
一人の年少の門人が問うて言った。「先生は孔子・孟子の正しい趣旨を明らかにして学ぶ者を導いておられると伺いました。しかし私は入門して日が浅く、生まれつきも鈍いうえに、先に聞いた説が頭を占めていて、孔孟のまっすぐな教えを聞いてもかえって驚き怪しんでしまいます。どうか教えをお示しください。」私は答えた。「孔孟のまっすぐな教えは『論語』『孟子』の二書に現れていて、朱や青の色のようにはっきりしている。天下の道理を包み込んで欠けるところがなく、諸家の典籍を集めて漏らすところもない。ここから外れれば、それはわき道であり、別の分かれ道である。私の考えを知りたいなら、論語・孟子の二書を見れば十分だ。いまあなたのために蔵を傾け倉をひっくり返すようにすべてを語っても、やはり二書の外に出るものはない。よく熟読し味わって会得するところがあれば、私と生きる時代が離れ、土地を隔て世を隔てたとしても、一つの部屋に集まって一日中論じ合い、心と心が照らし合って割符を合わせたように、自然と食い違うことはないだろう。努めよ、怠るな。ただ恐れるのは、あなたがこれを聖門の平易で親しみやすい書とだけ思って、その深い意味のありかを知らずに終わることである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之二大凡そ道を聞くこと、亦た各々禀性の高下に随ひて浅深有るのみ。然れども其の生質通明淳正の士に非ざれば、則ち殆ど此に到ること易からず。偏僻蔽昧の徒は、聞くこと能はざる所なり。故に力を経術に用ゐること数十年と雖も、亦た未だ其の藩籬を窺ふこと能はざる者有り。是れ章句の習、訓詁の学と謂ふべきなり。
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『慎思録』巻之五凡そ事は必ず咨訪して後に明らかなり。故に曰く、問ふことを好めば則ち裕かなり、と。必ず経歴して後に熟す。故に曰く、一事に躓く者は一智を長ず、と。苟も咨訪せずして自ら用ひ、経歴せずして妄りに行へば、亦殆ふいかなと曰ふ。朱子曰く、学は道を知るを以て本と為す。道を知れば則ち学純にして心正し、と。愚謂ふ、是れ学を為すの本旨なり。学者の志を立つる、宜しく此くの如くなるべし。蓋し学は将に以て道を知らんとす。苟も学を為して、道を知るを以て本と為さずんば、博学広聞すと雖も益無く、徒に心思を労するのみ。所謂多しと雖も亦奚を以て為さんといふものなり。夫れ道を知るは固より極めて難し。然れども道を知るを以て志と為さざれば、則ち学を為すこと駁雑にして純一ならず、心を立つること邪僻にして平正ならず。其の本を失ふに因るなり。然らば則ち宏才博聞の人に逾ゆる有りと雖も、儒者の学と為すべからず。百家衆技の流と相同じきを免れず。此れ即ち俗学の習ひにして、亦貴しと為すに足らず。若し乃ち朱子の言を以て之を反覆して言はば、道を知らんと欲すれば、則ち先づ須らく学純にして心正しきを要すべし。苟も学雑にして純一ならず、心正しからずして邪僻なれば、則ち道と相乖戻す。何を以てか道を知るを得んや。
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『慎思録』巻之四食は以て生を養ふ。饕餮なる者は此を以て生を傷る。薬は以て人を救ふ。庸医は此を以て人を殺す。学は以て性を治む。小人は此を以て性を傷る。此の三者は、本是れ人を益するの物事なり。然り而して人を害すること此の如きは、之を用ふるの其の道を失ふに由るなり。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、其所は、師たる人も、さつぱりとは済ねども、此は聖人のことにて、今の学者の知るべき所に非ず、忠恕のことなりと云て、此うへのことは、決して沙汰なきことなり。答、汝は今の学者の知るべき所に非ずと云。聖人の教は、古今に通じて変ことなし。今と古とを分るは、仏氏の末世と云教なり。混雑すべからず。扨孔子、適も無く莫も無しとの玉ひ、又顔淵の、前に在りと思へば忽焉として後に在りとの玉ひ、孟子、道は一のみとの玉ふ。加様の類多し。汝はいかゞ心得居られ候や。
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『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
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『文武訓』文訓上之末一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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