大学或問 / 『大学或問』学校は心を正す政の第一
十九學校の政の事、 (問)學校は文學の所なり、政といへるは何ぞや、 (答)學校は人道を教る所なり、治國平天下は心を正しくするを本とす、是政の第一なり、其上大君諸矦を親しみ給ひ、父子のごとく心服するは學校あるによつてなり、學校の師は德ありて理にくらからざる人を司とす、博文達才の者其下に附て經傳を講明す、大君老臣諸矦上士中士をひきゐて議論講習す、大君の道德に親切なる一言は、他の千言萬語よりもまさりて諸矦諸士の心志を感動す、諸國に傳へて衆の固有の善心を感發す、德の流行置郵して命を傳ふるよりも速なり、聖賢といへども下にある時は此益少し、諸矦にありても及がたし、故に聖人の大寶を位といへり、位は大君の位なり、聖人といへども此位を得ざれば天下を風化する事あたはず、たとへ德賢人に及ばずいまだ凡習を免がれずといへども、人民に父母たる仁心ありて道德を尊信し給へば、位の德によりて右の如し、是心法内にむかひたる師を得て大君の心内に向ひ給へばなり、和漢共に文字を好み給ふ君ありといへども、心法内に向ひ給はざる故に此大益なし、
新字:十九学校の政の事、 (問)学校は文学の所なり、政といへるは何ぞや、 (答)学校は人道を教る所なり、治国平天下は心を正しくするを本とす、是政の第一なり、其上大君諸矦を親しみ給ひ、父子のごとく心服するは学校あるによつてなり、学校の師は徳ありて理にくらからざる人を司とす、博文達才の者其下に附て経伝を講明す、大君老臣諸矦上士中士をひきゐて議論講習す、大君の道徳に親切なる一言は、他の千言万語よりもまさりて諸矦諸士の心志を感動す、諸国に伝へて衆の固有の善心を感発す、徳の流行置郵して命を伝ふるよりも速なり、聖賢といへども下にある時は此益少し、諸矦にありても及がたし、故に聖人の大宝を位といへり、位は大君の位なり、聖人といへども此位を得ざれば天下を風化する事あたはず、たとへ徳賢人に及ばずいまだ凡習を免がれずといへども、人民に父母たる仁心ありて道徳を尊信し給へば、位の徳によりて右の如し、是心法内にむかひたる師を得て大君の心内に向ひ給へばなり、和漢共に文字を好み給ふ君ありといへども、心法内に向ひ給はざる故に此大益なし、
書き下し
十九學校の政の事、 (問)學校は文學の所なり、政といへるは何ぞや、 (答)學校は人道を教る所なり、治國平天下は心を正しくするを本とす、是政の第一なり、其上大君諸矦を親しみ給ひ、父子のごとく心服するは學校あるによつてなり、學校の師は德ありて理にくらからざる人を司とす、博文達才の者其下に附て經傳を講明す、大君老臣諸矦上士中士をひきゐて議論講習す、大君の道德に親切なる一言は、他の千言萬語よりもまさりて諸矦諸士の心志を感動す、諸國に傳へて衆の固有の善心を感發す、德の流行置郵して命を傳ふるよりも速なり、聖賢といへども下にある時は此益少し、諸矦にありても及がたし、故に聖人の大寶を位といへり、位は大君の位なり、聖人といへども此位を得ざれば天下を風化する事あたはず、たとへ德賢人に及ばずいまだ凡習を免がれずといへども、人民に父母たる仁心ありて道德を尊信し給へば、位の德によりて右の如し、是心法内にむかひたる師を得て大君の心内に向ひ給へばなり、和漢共に文字を好み給ふ君ありといへども、心法内に向ひ給はざる故に此大益なし、
現代語訳
十九 学校の政治について。 問う。学校は文学を学ぶ所である。それを政というのはなぜか。 答える。学校は人の道を教える所である。国を治め天下を平らかにするには、心を正しくすることが基本であり、これが政治の第一である。そのうえ、大君が諸侯と親しみ、父子のように心服させるのは、学校があるからである。学校の師は、徳があって道理にくらくない人を長とする。博く文に通じ才に達した者がその下について、経書・伝を講じて明らかにする。大君は老臣・諸侯・上士・中士を率いて、議論し講習する。大君の道徳に切実な一言は、他人の千言万語にもまさって、諸侯や諸士の心を感動させる。諸国に伝われば、人々が本来もっている善心を呼び起こす。徳が行き渡る速さは、宿駅を置き継いで命令を伝えるよりも速い。聖賢といっても、下の地位にいるときは、この益が少ない。諸侯の位にあっても及びがたい。だから聖人の大宝は位だという。位とは大君の位である。聖人といっても、この位を得なければ、天下を教化することはできない。たとえ徳が賢人に及ばず、まだ凡人の習いを免れなくても、人民の父母たる仁心があって道徳を尊び信じておられるなら、位の徳によって右のようになる。これは、心の修め方が内面に向かった師を得て、大君の心が内に向かわれるからである。和漢とも、文字を好んだ君主はいたが、心の修め方が内に向かわなかったために、この大きな益がなかった。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』外篇・治道・各おの其の分に安んじ、各おの其の願ひを得聖人上に在れば、能く天下萬物をして各おの其の當然の所に止まり、而して陵奪假借の患ひ無からしむ。夫れ是れを各おの其の分に安んずと謂ひて、天地位す。能く天地萬物をして各おの其の同然の情を遂げ、而して抑鬱倔強の態無からしむ。夫れ是れを各おの其の願ひを得と謂ひて、萬物育す。
-
風姿花伝・第三 問答条々問、能に位の差別を知る事如何。答、これ目利の眼にはやすく見ゆるなり。凡そ位のあがるとは、能の重々の事なれども、ふしぎに十ばかりの能者にも、この位おのれとあがれる風体あり。但し稽古なからむには、おのれとあがる位ありともいたづら事なり。先づ稽古の劫入りて位のあらむは、常のことなり。また生得あがる位とは長なり。嵩と申すは別の事なり。多く人、長と嵩とを同じやうに思ふなり。嵩と申すは、ものものしくせのある形なり。またいふ、嵩は一切にわたる義なり。位長には別の物なり。たとへば、生得幽玄なる所ある、これ上の位か。然れども、さらに幽玄にはなき仕手の、長のあるもあり。これは幽玄ならぬ長なり。また初心の人思ふべし。稽古に上の位を心がけんは、返々かなふまじ。位はいよいよかなはで、あまさへ稽古しける分もさがるべし。所詮、位長のあがらんことは、かくべつの心得ありて得ずしては、大方かなふまじ。また稽古の劫入りて垢落ちぬれば、この位おのれと出来ることあり。稽古とは、音曲、舞、はたらき、物まね、かやうの品々をきはむる形木なり。よくよく工夫して思ふに、幽玄の位は生得の物か、闌けたる位は劫入りたるところか、心中に案をめぐらすべし。
-
論語・憲問篇曾子曰く、君子は思うこと其の位を出でず。
-
『呻吟語』外篇・治道・孰か得て之を定めん彼の王や、未だ必ずしも邪謀を以て正謀と為さず、先民の經と為し、大猶の程と為さず。當時朝に在るの臣も、又た安んぞ大夫を邪謀と謂ひ、邇言と謂はざるを知らんや。是の故に兩端を執りて中を用ふるは、必ず聖人の天子の位に在りて、獨斷堅持するなり。必ず聖人の父師の尊に居りて、誠格り意孚するなり。然らずんば人各おの口有り、人各おの心有り。下に在る者は多く指もて視を亂し、上に在る者は疑ひを蓄へて謀を敗る。孰か得て之を禁ぜん。孰か得て之を定めん。
-
『近思録』巻7 出処苟も命を知らざれば、則ち険難に恐懼し、窮戹に隕穫し、守る所亡ぶ。安んぞ能く其の善を為すの志を遂げんや。寒士の妻、弱国の臣、各其の正に安んずるのみ。苟も勢を択びて従はば、則ち悪の大なる者にして、世に容れられず。井の九三、渫治して食はれず、乃ち人才智有りて用ひられず、行ふを得ざるを以て憂惻と為すなり。蓋し剛にして中ならず、故に施為に切なり。「之を用ふれば則ち行ひ、之を舎つれば則ち蔵る」者に異なり。革の六二、中正なれば則ち偏蔽無く、文明なれば則ち事理を尽す。上に応ずれば則ち権勢を得、体順なれば則ち違悖無し。時可なり、位得たり、才足れり、革に処るの至善なる者なり。必ず上下の信を待つ、故に「已日にして乃ち之を革む」なり。二の才徳の如き、当に進みて其の道を行ふべし、則ち吉にして咎無きなり。進まざれば則ち為すべきの時を失ひ、咎有りと為すなり。鼎の実有るは、乃ち人の才業有るなり。当に趨向する所を慎むべし。往く所を慎まざれば、則ち亦非義に陥る。故に曰く、「鼎に実有り、之く所を慎め。」士の高位に処るは、則ち拯ふこと有りて随ふこと無し。下位に在れば則ち当に拯ふべき有り、当に随ふべき有り、之を拯ふことを得ずして而る後に随ふ有り。「君子は思ふこと其の位を出でず。」位とは、処る所の分なり。万事各其の所有り。其の所を得れば則ち止まりて安し。若し当に行くべくして止まり、当に速かなるべくして久しく、或は過ぎ或は及ばざるは、皆其の位を出づるなり。況んや分を踰え非に拠るをや。人の止まるは久終に難し、故に節或は晩に移り、守り或は終に失ひ、事或は久しきに廃る。人の同じく患ふる所なり。艮の上九、終に敦厚なり。止まるの道の至善なり。故に曰く、「艮に敦し、吉。」中孚の初九に曰く、「虞れば吉。」象に曰く、「志未だ変ぜざるなり。」伝に曰く、信の始めに当り、志未だ従ふ所有らずして、信ずる所を虞度すれば、則ち其の正を得、是を以て吉なり。
-
『甲陽軍鑑』品第四十七曲淵少左衛門座敷をたち、かたなをさし、又奉行所へゆき、奉行衆に向ひ手をつき謹で申すは、桜井殿には御位と御出頭はまけ申すべく候、切あひぐらは勝ち申すべく候間、これ口惜しくおぼしめし候はゞ只今御出候へ、塲中にてすかうをきりくだき進すべきよし申して、刀をねぢまはし座敷を立ち候、