呻吟語 / 外篇・治道・孰か得て之を定めん
彼王也,未必不以邪謀為正謀,為先民之經,為大猶之程。當時在朝之臣,又安知不謂大夫為邪謀,為邇言也?是故執兩端而用中,必聖人在天子之位,獨斷堅持,必聖人居父師之尊,誠格意孚,不然人各有口,人各有心,在下者多指亂視,在上者蓄疑敗謀,孰得而禁之?孰得而定之?
新字:彼王也,未必不以邪謀為正謀,為先民之経,為大猶之程。当時在朝之臣,又安知不謂大夫為邪謀,為邇言也?是故執両端而用中,必聖人在天子之位,独断堅持,必聖人居父師之尊,誠格意孚,不然人各有口,人各有心,在下者多指乱視,在上者蓄疑敗謀,孰得而禁之?孰得而定之?
書き下し
彼の王や、未だ必ずしも邪謀を以て正謀と為さず、先民の經と為し、大猶の程と為さず。當時朝に在るの臣も、又た安んぞ大夫を邪謀と謂ひ、邇言と謂はざるを知らんや。是の故に兩端を執りて中を用ふるは、必ず聖人の天子の位に在りて、獨斷堅持するなり。必ず聖人の父師の尊に居りて、誠格り意孚するなり。然らずんば人各おの口有り、人各おの心有り。下に在る者は多く指もて視を亂し、上に在る者は疑ひを蓄へて謀を敗る。孰か得て之を禁ぜん。孰か得て之を定めん。
現代語訳
あの王も、邪な謀を正しい謀とし、先人の経とし、大いなる道の規範としたとは限りません。当時朝廷にいた臣も、大夫の言を邪な謀だ、俗な言葉だと言わなかったとは限りません。だから両端を執って中を用いるには、必ず聖人が天子の位にあって、独り断じて堅く保つことが要ります。必ず聖人が父であり師である尊さにあって、誠が至り意が信じられることが要ります。そうでなければ人にはそれぞれ口があり、それぞれ心があります。下にいる者は多くの指で見方を乱し、上にいる者は疑いを蓄えて謀を壊します。誰がこれを禁じられるでしょうか。誰がこれを定められるでしょうか。
解説

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