大学或問 / 『大学或問』貨色を好む心と人材登用の広さ
(問)堯舜の時にも賞爵の躰見えずや、 (答)似たる事あり、本邦のむかし位田職田ありしが如し、其才ある人を其位職に任ずれば其位職に付たる祿を受、これ賞に似たれども賞にあらず、天位を共にし天祿を共にするなり、此位祿を受る人恩惠とおもはず、悅ばず强て起して勞せしむるなり、又公侯卿大夫の子に生れても愚不肖にて過を改めず非をさとらず、民を治むべからざるものは庶人に下して農工商の事を務しむ、是罰に似たれども罰にあらず、五には貨を好み色を好む、貨を好むも匹夫の好むは己一人を利す、大君諸侯にして匹夫の貨を好むごとくなれば、悖て入悖て出る亂の本なり、身を以て貨をおこすは好む事少しきなればなり、仁君の貨を好むは大なり、富有大業をなす天下君の貨を好む事をたのしめり、これ貨を以て身をおこすなり、色を好むにも道あり、一人を愛して國を傾るものあり、十人を愛しても國に害なきものあり、一人を愛して國を傾る者は玄宗是なり、楊貴妃を愛して楊國忠に及ぼす、故に天下を亂る、道ありといふものは其身一人を愛して類に及さず、恩澤一人にとゞまる、貧者あれば恩澤の餘慶を以て私に施すのみ、不德の者內緣にたよりて驕る事あたはず、夫聖賢ならざれは天下を平治する事あたはざるには非ず、貨色を好むの凡心ありと雖ども、人民に父母たる仁心ありて仁政を行ひ、其人を得て造化を助る時は仁君なり、天職を務めて天祿を得る事久し、六には人をえらぶ事類ひあり、類ひとは格定りたる中、數知たる中よりえらぶ事なり、せばければ好人有がたし、格の外數しれぬ人の中よりひろく擧ざれば、賢者能者才ある人は得がたし、賢を求る事野に於てすといへる是なり、治國平天下のもとは人を得るにありといふ事は誰も知たる事なれども、用る事稀なるは人民に父母たる仁心すくなく、若は凡人の習にまとはれて憤を發する勇のたらざるかなるべし、是大略なり、今時富有大業の節にあたれり、賢君の我邦を中興し給ふべき時なり、事は古人の十が一にして功は必ず十倍せん、右にいふ所の條々皆中興の事なり、猶學校の政に論ず、
新字:(問)堯舜の時にも賞爵の体見えずや、 (答)似たる事あり、本邦のむかし位田職田ありしが如し、其才ある人を其位職に任ずれば其位職に付たる禄を受、これ賞に似たれども賞にあらず、天位を共にし天禄を共にするなり、此位禄を受る人恩恵とおもはず、悦ばず強て起して労せしむるなり、又公侯卿大夫の子に生れても愚不肖にて過を改めず非をさとらず、民を治むべからざるものは庶人に下して農工商の事を務しむ、是罰に似たれども罰にあらず、五には貨を好み色を好む、貨を好むも匹夫の好むは己一人を利す、大君諸侯にして匹夫の貨を好むごとくなれば、悖て入悖て出る乱の本なり、身を以て貨をおこすは好む事少しきなればなり、仁君の貨を好むは大なり、富有大業をなす天下君の貨を好む事をたのしめり、これ貨を以て身をおこすなり、色を好むにも道あり、一人を愛して国を傾るものあり、十人を愛しても国に害なきものあり、一人を愛して国を傾る者は玄宗是なり、楊貴妃を愛して楊国忠に及ぼす、故に天下を乱る、道ありといふものは其身一人を愛して類に及さず、恩沢一人にとゞまる、貧者あれば恩沢の余慶を以て私に施すのみ、不徳の者内縁にたよりて驕る事あたはず、夫聖賢ならざれは天下を平治する事あたはざるには非ず、貨色を好むの凡心ありと雖ども、人民に父母たる仁心ありて仁政を行ひ、其人を得て造化を助る時は仁君なり、天職を務めて天禄を得る事久し、六には人をえらぶ事類ひあり、類ひとは格定りたる中、数知たる中よりえらぶ事なり、せばければ好人有がたし、格の外数しれぬ人の中よりひろく挙ざれば、賢者能者才ある人は得がたし、賢を求る事野に於てすといへる是なり、治国平天下のもとは人を得るにありといふ事は誰も知たる事なれども、用る事稀なるは人民に父母たる仁心すくなく、若は凡人の習にまとはれて憤を発する勇のたらざるかなるべし、是大略なり、今時富有大業の節にあたれり、賢君の我邦を中興し給ふべき時なり、事は古人の十が一にして功は必ず十倍せん、右にいふ所の条々皆中興の事なり、猶学校の政に論ず、
書き下し
(問)堯舜の時にも賞爵の躰見えずや、 (答)似たる事あり、本邦のむかし位田職田ありしが如し、其才ある人を其位職に任ずれば其位職に付たる祿を受、これ賞に似たれども賞にあらず、天位を共にし天祿を共にするなり、此位祿を受る人恩惠とおもはず、悅ばず强て起して勞せしむるなり、又公侯卿大夫の子に生れても愚不肖にて過を改めず非をさとらず、民を治むべからざるものは庶人に下して農工商の事を務しむ、是罰に似たれども罰にあらず、五には貨を好み色を好む、貨を好むも匹夫の好むは己一人を利す、大君諸侯にして匹夫の貨を好むごとくなれば、悖て入悖て出る亂の本なり、身を以て貨をおこすは好む事少しきなればなり、仁君の貨を好むは大なり、富有大業をなす天下君の貨を好む事をたのしめり、これ貨を以て身をおこすなり、色を好むにも道あり、一人を愛して國を傾るものあり、十人を愛しても國に害なきものあり、一人を愛して國を傾る者は玄宗是なり、楊貴妃を愛して楊國忠に及ぼす、故に天下を亂る、道ありといふものは其身一人を愛して類に及さず、恩澤一人にとゞまる、貧者あれば恩澤の餘慶を以て私に施すのみ、不德の者內緣にたよりて驕る事あたはず、夫聖賢ならざれは天下を平治する事あたはざるには非ず、貨色を好むの凡心ありと雖ども、人民に父母たる仁心ありて仁政を行ひ、其人を得て造化を助る時は仁君なり、天職を務めて天祿を得る事久し、六には人をえらぶ事類ひあり、類ひとは格定りたる中、數知たる中よりえらぶ事なり、せばければ好人有がたし、格の外數しれぬ人の中よりひろく擧ざれば、賢者能者才ある人は得がたし、賢を求る事野に於てすといへる是なり、治國平天下のもとは人を得るにありといふ事は誰も知たる事なれども、用る事稀なるは人民に父母たる仁心すくなく、若は凡人の習にまとはれて憤を發する勇のたらざるかなるべし、是大略なり、今時富有大業の節にあたれり、賢君の我邦を中興し給ふべき時なり、事は古人の十が一にして功は必ず十倍せん、右にいふ所の條々皆中興の事なり、猶學校の政に論ず、
現代語訳
問う。堯舜の時にも、賞爵の形は見えないか。 答える。似たことはある。わが国の昔に位田・職田があったようなものである。才能のある人をその位や職に任じれば、位職に付いた禄を受ける。これは賞に似ているが賞ではない。天の位を共にし、天の禄を共にするのである。この位禄を受ける人は、それを恩恵とは思わず、喜びもしない。無理に起こして働かせるのである。また、公侯・卿大夫の子に生まれても、愚かで不肖で、過ちを改めず、非を悟らず、民を治めることができない者は、庶民に下して農工商の務めにつかせる。これは罰に似ているが罰ではない。 第五に、財貨を好み色を好むこと。財貨を好むのも、庶民が好むのは自分一人の利である。大君や諸侯でありながら庶民が財貨を好むようであれば、道理に背いて入ったものは道理に背いて出る、乱の本である。一身で財貨を興すのは、好む規模が小さいからである。仁君が財貨を好むのは大きい。富有の大業をなす。天下の君が財貨を好むことを、民は楽しんだ。これは財貨によって身を興すのである。色を好むにも道がある。一人を愛して国を傾けた者もあり、十人を愛しても国に害のない者もある。一人を愛して国を傾けたのは玄宗がそれである。楊貴妃を愛して、その恩を楊国忠にまで及ぼした。だから天下を乱した。道があるというのは、その身一人を愛して、類縁に及ぼさず、恩沢が一人にとどまることをいう。貧しい者があれば、恩沢の余りをもって私的に施すだけである。不徳の者が縁故に頼って驕ることはできない。そもそも聖賢でなければ天下を治められないわけではない。財貨や色を好む凡人の心があっても、人民の父母たる仁心があって仁政を行い、その人材を得て造化を助けるなら、仁君である。天職を務めて天禄を得ることが久しい。 第六に、人を選ぶのに類がある。類とは、格式の決まった範囲、人数の知れた中から選ぶことである。範囲が狭ければ良い人材は得がたい。格の外、数のわからない多くの人の中から広く挙げなければ、賢者・能者・才ある人は得がたい。「賢を求めるのは野においてする」というのがこれである。国を治め天下を平らかにする基は人を得ることにあるとは誰もが知っていることだが、用いることが稀なのは、人民の父母たる仁心が少ないか、あるいは凡人の習慣にとらわれて、憤りを発する勇気が足りないからであろう。以上が大略である。今は富有の大業の時節にあたっている。賢君がわが国を中興なさるべき時である。事業は古人の十分の一で、功は必ず十倍するだろう。右に述べた条々はみな中興のことである。なお学校の政治で論じる。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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