中朝事実 / 聖政章・勧農の詔と政教の総論
繼體帝元年詔曰。朕聞。士有當年而不耕者。則天下或受其飢矣。女有當年而不績者。天下或受其寒矣。故帝王躬耕而勸農業。后妃親蠶而勉桑序。況厥百寮曁于萬族。廢棄農績而至殷富者乎。有司普告天下。令識朕懷。 謹按。凡天下之人物。未嘗無其事業。既有事業。則其成敗必繫于勤怠。農以養天下之饑。桑以防天下之寒。人一日無之則苦。故聖主賢后親耕親蠶。備嘗稼穡之艱難。勸勉天下之黎元。是人君父母于民之義也。帝錯志於政敎。卽位元年有此詔。以告天下。可勤其事業。百寮有司豈可怠乎。〔以上致民政。〕 以上論政敎之道。謹按。政者在以誠。敎者在致審。凡政敎之道。能察其時。以沿革損益。能知其水土。以考風俗。能通其人情。以節過不及。能詳其事物。以定制度。能明其大倫。以序禮用。而後數省以化之。可謂聖神功用之極也。否乃或煩碎而不厚。或不敎而期化。竟不可得政敎之實也。或疑。外朝聖人以政爲正也。今所解多在以政爲誠何也。愚謂。中國以祭祀郊社宗廟爲政之要。故以祭事訓政字。是祭祀政事一義也。蓋祭祀者主於誠。政事亦在人君之誠。政不以誠。則唯存條目而無綱領。日煩月勞。而無敎化之功。是所以民免而無恥也。惟誠之至。鬼神亦如在。況人民乎。所以治道。其如示諸掌乎。然乃正誠之二字更無間隔也。或疑。政敎法令者。德之末。而形之下乎。愚謂。否。有物必有則。有天下國家。必有政敎法令。政敎法令之外。豈有此德乎。明聖之主亦用之。愚昧之君亦用之。其利鈍煩簡而治亂相因。共在此四者。四者正明。猶權衡設而不可欺以輕重。繩墨設而不可欺以曲直。否則平直眞僞邪正何能辨乎。或疑。政敎法令者。猶器用。人君修德。則器用自利。否乃雖有器用不可乎。愚謂。雖良工。無器用。則無施工之用。良工之爲良工。器用利而備也。如用鈍器也。勞筋苦骨。竟不遂功也。凡政敎法令之備也。猶乘舟濟大川。能水與不能。共濟而逸安。專以脩德期其功。猶能水者恃己力以泅水濟。甚勞而少功。危而寡濟者。況不脩德不以政敎法令。唯以私知妄作要治平之功。猶無舟之可乘。技之可泅。恃力構私以入水。不溺而何待之乎。故治國平天下之要。不可出修身以正政敎。二者相持。而後可談功化之實。中華往古之聖主。政敎之功所著于舊紀不乏。後世襲之律之。以祖述憲章。乃無爲過化之治。千萬世可蒙其澤也。
新字:継体帝元年詔曰。朕聞。士有当年而不耕者。則天下或受其飢矣。女有当年而不績者。天下或受其寒矣。故帝王躬耕而勧農業。后妃親蠶而勉桑序。況厥百寮曁于万族。廃棄農績而至殷富者乎。有司普告天下。令識朕懐。 謹按。凡天下之人物。未嘗無其事業。既有事業。則其成敗必繋于勤怠。農以養天下之饑。桑以防天下之寒。人一日無之則苦。故聖主賢后親耕親蠶。備嘗稼穡之艱難。勧勉天下之黎元。是人君父母于民之義也。帝錯志於政教。即位元年有此詔。以告天下。可勤其事業。百寮有司豈可怠乎。〔以上致民政。〕 以上論政教之道。謹按。政者在以誠。教者在致審。凡政教之道。能察其時。以沿革損益。能知其水土。以考風俗。能通其人情。以節過不及。能詳其事物。以定制度。能明其大倫。以序礼用。而後数省以化之。可謂聖神功用之極也。否乃或煩砕而不厚。或不教而期化。竟不可得政教之実也。或疑。外朝聖人以政為正也。今所解多在以政為誠何也。愚謂。中国以祭祀郊社宗廟為政之要。故以祭事訓政字。是祭祀政事一義也。蓋祭祀者主於誠。政事亦在人君之誠。政不以誠。則唯存条目而無綱領。日煩月労。而無教化之功。是所以民免而無恥也。惟誠之至。鬼神亦如在。況人民乎。所以治道。其如示諸掌乎。然乃正誠之二字更無間隔也。或疑。政教法令者。徳之末。而形之下乎。愚謂。否。有物必有則。有天下国家。必有政教法令。政教法令之外。豈有此徳乎。明聖之主亦用之。愚昧之君亦用之。其利鈍煩簡而治乱相因。共在此四者。四者正明。猶権衡設而不可欺以軽重。縄墨設而不可欺以曲直。否則平直真偽邪正何能弁乎。或疑。政教法令者。猶器用。人君修徳。則器用自利。否乃雖有器用不可乎。愚謂。雖良工。無器用。則無施工之用。良工之為良工。器用利而備也。如用鈍器也。労筋苦骨。竟不遂功也。凡政教法令之備也。猶乗舟済大川。能水与不能。共済而逸安。専以脩徳期其功。猶能水者恃己力以泅水済。甚労而少功。危而寡済者。況不脩徳不以政教法令。唯以私知妄作要治平之功。猶無舟之可乗。技之可泅。恃力構私以入水。不溺而何待之乎。故治国平天下之要。不可出修身以正政教。二者相持。而後可談功化之実。中華往古之聖主。政教之功所著于旧紀不乏。後世襲之律之。以祖述憲章。乃無為過化之治。千万世可蒙其沢也。
書き下し
繼體帝元年、詔して曰く、「朕聞く、士の當年にして耕さざる者有れば、則ち天下或いは其の飢ゑを受けん。女の當年にして績まざる者有れば、天下或いは其の寒さを受けん、と。故に帝王は躬ら耕して農業を勸め、后妃は親ら蠶して桑序を勉む。況んや厥の百寮、萬族に曁るまで、農績を廢棄して殷富に至る者あらんや。有司普く天下に告げ、朕が懷を識らしめよ」と。 謹んで按ずるに、凡そ天下の人物、未だ嘗て其の事業無からず。既に事業有れば、則ち其の成敗必ず勤怠に繫る。農は以て天下の饑を養ひ、桑は以て天下の寒を防ぐ。人一日も之無ければ則ち苦しむ。故に聖主賢后、親ら耕し親ら蠶し、備に稼穡の艱難を嘗め、天下の黎元を勸勉す。是れ人君の民に父母たるの義なり。帝、政敎に志を錯き、卽位元年に此の詔有りて、以て天下に告ぐ。其の事業に勤むべし。百寮有司、豈に怠るべけんや。〔以上、民政を致す。〕 以上、政敎の道を論ず。謹んで按ずるに、政は誠を以てするに在り、敎は審を致すに在り。凡そ政敎の道は、能く其の時を察して以て沿革損益し、能く其の水土を知りて以て風俗を考へ、能く其の人情に通じて以て過不及を節し、能く其の事物を詳にして以て制度を定め、能く其の大倫を明らかにして以て禮用を序し、而る後に數々省みて以て之を化す。聖神功用の極と謂ふべきなり。否らざれば乃ち或いは煩碎にして厚からず、或いは敎へずして化を期し、竟に政敎の實を得べからざるなり。或ひと疑ふ、外朝の聖人は政を以て正と爲すなり。今解する所、多く政を以て誠と爲すに在るは何ぞや、と。愚謂へらく、中國は祭祀・郊社・宗廟を以て政の要と爲す。故に祭事を以て政の字を訓ず。是れ祭祀と政事と一義なり。蓋し祭祀は誠を主とし、政事も亦人君の誠に在り。政、誠を以てせざれば、則ち唯だ條目を存して綱領無く、日に煩はしく月に勞して、敎化の功無し。是れ民免れて恥無き所以なり。惟れ誠の至れば、鬼神も亦在すが如し。況んや人民をや。治道、其れ諸を掌に示すが如からんか。然らば乃ち正と誠の二字は更に間隔無きなり。或ひと疑ふ、政敎法令は、德の末にして形の下か、と。愚謂へらく、否。物有れば必ず則有り。天下國家有れば、必ず政敎法令有り。政敎法令の外に、豈に此の德有らんや。明聖の主も亦之を用ゐ、愚昧の君も亦之を用ゐる。其の利鈍煩簡して治亂相因る、共に此の四者に在り。四者正明なれば、猶ほ權衡設けて輕重を欺くべからず、繩墨設けて曲直を欺くべからざるがごとし。否らざれば平直・眞僞・邪正、何ぞ能く辨ぜんや。或ひと疑ふ、政敎法令は猶ほ器用のごとし。人君德を修むれば、則ち器用自ら利なり。否らざれば器用有りと雖も可ならず、と。愚謂へらく、良工と雖も、器用無ければ則ち工を施すの用無し。良工の良工たるは、器用利にして備はるなり。鈍器を用ゐるが如きは、筋を勞し骨を苦しめ、竟に功を遂げず。凡そ政敎法令の備はるは、猶ほ舟に乘りて大川を濟るがごとし。水を能くすると能くせざると、共に濟りて逸安なり。專ら修德を以て其の功を期するは、猶ほ水を能くする者の己の力を恃みて泅ぎ濟るがごとし。甚だ勞して功少なく、危ふくして濟ること寡し。況んや德を修めず、政敎法令を以てせず、唯だ私知を以て妄作し治平の功を要むるは、猶ほ舟の乘るべき無く、技の泅ぐべき無くして、力を恃み私を構へて水に入るがごとし。溺れずして何をか待たんや。故に國を治め天下を平らかにするの要は、身を修むるを離れて以て政敎を正すべからず。二者相持して、而る後に功化の實を談ずべし。中華往古の聖主、政敎の功、舊紀に著す所乏しからず。後世之を襲ひ之を律し、以て祖述憲章す。乃ち無爲過化の治、千萬世其の澤を蒙るべきなり。
現代語訳
継体帝元年、詔していわれた。「朕は聞いている。壮年の男で耕さない者があれば、天下のどこかが飢えを受けるだろう。壮年の女で糸を紡がない者があれば、天下のどこかが寒さを受けるだろう、と。だから帝王はみずから耕して農業を勧め、后妃は親しく蚕を飼って桑の仕事に励む。まして百官から万民に至るまで、農業と紡績を捨てて豊かになる者などあろうか。有司は広く天下に告げ、朕の思いを知らしめよ。」 素行はこう考える。天下の人にはそれぞれ事業があり、事業があれば、その成否は必ず勤勉と怠惰に左右される。農は天下の飢えを養い、桑は天下の寒さを防ぐ。人は一日もこれがなければ苦しむ。だから聖主や賢后はみずから耕しみずから蚕を飼い、農作の苦労を詳しく味わって、天下の民を励ました。これが君主が民の父母たる義である。帝は政教に志を置き、即位元年にこの詔を出して天下に告げた。民はその事業に励むべきである。百官有司はどうして怠れようか。〔以上、民政を尽くす。〕 以上、政教の道を論じた。素行はこう考える。政は誠によって行い、教えは審らかさを尽くすことにある。政教の道は、時を察して沿革・増減し、風土を知って風俗を考え、人情に通じて過不足を調え、事物を詳しくして制度を定め、大倫(人の道)を明らかにして礼の用を序し、そのうえで繰り返し省みて民を化すことである。それは聖神の功用の極みといえる。そうでなければ、あるいは煩雑で厚みがなく、あるいは教えずに化を期待して、ついに政教の実を得られない。ある人が疑問をいう。「外朝(中国)の聖人は政を『正』と解した。今ここでの解釈は多く政を『誠』とするのはなぜか。」私は思う。中国は祭祀・郊社・宗廟を政の要としている。だから祭事によって政の字を訓む。祭祀と政事は一つの義である。思うに祭祀は誠を主とし、政事もまた君主の誠にある。政が誠によらなければ、ただ条目だけがあって綱領がなく、日々煩わしく月々労しても、教化の功がない。これは民が刑罰を免れても恥を知らない理由である。誠が至れば、鬼神も在すかのようである。まして人民はなおさらである。治道は、これを掌に示すように明らかではないか。そうであれば「正」と「誠」の二字にはまったく隔たりがない。またある人が疑問をいう。「政教法令は徳の末で、形の下ではないか。」私は思う。そうではない。物があれば必ず則(法則)がある。天下国家があれば必ず政教法令がある。政教法令のほかに、どうしてこの徳があろうか。明聖の君主もこれを用い、愚昧の君主もこれを用いる。その利鈍・煩簡によって治乱が生じるのは、みなこの四つ(政・教・法・令)にかかる。この四つが正しく明らかなら、秤を設ければ軽重をごまかせず、墨縄を設ければ曲直をごまかせないようなものである。そうでなければ、平直・真偽・邪正をどうして弁別できようか。またある人が疑問をいう。「政教法令は道具のようなものだ。君主が徳を修めれば、道具はおのずと鋭くなる。そうでなければ道具があってもだめだ。」私は思う。名工でも道具がなければ工を施す手立てがない。名工が名工であるのは、道具が鋭くそろっているからである。鈍い道具を使えば、筋肉を使い骨を痛めても、ついに功を遂げられない。政教法令が備わっていることは、舟に乗って大河を渡るようなものである。泳げる者も泳げない者も、ともに渡って楽に安らかである。もっぱら徳を修めることだけで成果を期するのは、泳ぎの達者が自分の力を恃んで泳いで渡るようなものである。たいへん労して功は少なく、危うくて渡れる者は少ない。まして徳を修めず、政教法令も用いず、ただ私の知恵で勝手に作為して治平の功を求めるのは、舟にも乗らず泳ぎの技もなく、力を恃み私心を構えて水に入るようなものである。溺れる以外に何があろうか。だから国を治め天下を平らかにする要は、修身を離れて政教を正すことはできない。二つが支え合って、はじめて功と化の実を語れる。中華の昔の聖主は、政教の功が古い記録に少なからず著されている。後世はこれを受け継いで法度とし、祖述憲章した。そうして無為にして化する治が、千万世にその恵みを蒙るのである。
解説

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