長短経 / 君徳
武皇既崩、山陵未乾、而楊駿被誅、母后廢黜、朝士舊臣、夷滅者數十族。尋以二公、楚王之變、宗子無維城之助、而閼伯實沉之隙歲搆師尹無具瞻之貴、而顛墜戮辱之禍日有。方岳無鈞石之鎮、闗門無結草之固。李辰、石冰、傾之於荆、揚、劉淵、王彌、撓之于青、冀。二十餘年而河、洛為墟、戎、羯稱制、二帝失尊、山陵無所。
新字:武皇既崩、山陵未乾、而楊駿被誅、母后廃黜、朝士旧臣、夷滅者数十族。尋以二公、楚王之変、宗子無維城之助、而閼伯実沈之隙歳搆師尹無具瞻之貴、而顛墜戮辱之禍日有。方岳無鈞石之鎮、関門無結草之固。李辰、石冰、傾之於荆、揚、劉淵、王弥、撓之于青、冀。二十余年而河、洛為墟、戎、羯称制、二帝失尊、山陵無所。
書き下し
武皇既に崩じ、山陵未だ乾かずして、楊駿誅せられ、母后廃黜せらる。朝士旧臣、夷滅せらるる者数十族。尋いで二公・楚王の変を以て、宗子に維城の助け無く、而して閼伯実沈の隙、歳に構わる。師尹に具瞻の貴無く、而して顛墜戮辱の禍、日に有り。方岳に鈞石の鎮無く、関門に結草の固め無し。李辰・石冰は、之を荊・揚に傾く。劉淵・王弥は、之を青・冀に撓す。二十余年にして河・洛は墟と為り、戎・羯は制を称し、二帝は尊を失い、山陵は所無し。
現代語訳
武帝が崩御し、その陵の土がまだ乾かないうちに、楊駿が誅せられ、皇太后が廃された。朝廷の士や旧臣で、一族もろとも滅ぼされた者が数十族に及んだ。続いて二公と楚王の変によって、皇族には城壁のような支えがなくなり、閼伯と実沈のような兄弟の不和が年ごとに起こった。大臣には皆が仰ぎ見る尊さがなくなり、失脚と辱めの禍が日ごとにあった。地方には重石のような鎮めがなく、関所には草を結ぶような固めもなかった。李辰と石冰が荊州・揚州を傾け、劉淵と王弥が青州・冀州をかき乱した。二十余年で黄河と洛水のあたりは廃墟となり、戎と羯が支配を称し、二人の皇帝は尊厳を失い、陵墓を営む場所もなかった。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『晏子春秋』問下・景公問國如何則謂安晏子對以內安政外歸義/景公問諸侯孰危晏於對以莒其先亡景公、晏子に問いて曰く、「国如何なれば則ち安しと謂う可きか」と。晏子対えて曰く、「下に諱言無く、官に怨治無く、通人は華ならず、窮民は怨まず、喜楽に羨賞無く、忿怒に羨刑無く、上は士に礼有り、下は民に恩有り。地博くして小を兼ねず、兵強くして弱を劫かさず。百姓、内は其の政を安んじ、外は其の義に帰す。安しと謂う可し」と。景公、晏子に問いて曰く、「当今の時、諸侯孰れか危うき」と。晏子対えて曰く、「莒、其れ先ず亡びんか」と。公曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「地は斉に侵され、貨は晋に竭く。是を以て亡ぶなり」と。
-
『学問のすゝめ』九編・みずから独立の活計を得たりとて得意の色しかるに世の中にはこの蟻の所業をもってみずから満足する人あり。今その一例を挙げん。男子年長じて、あるいは工につき、あるいは商に帰し、あるいは官員となりて、ようやく親類朋友の厄介たるを免れ、相応に衣食して他人へ不義理の沙汰もなく、借屋にあらざれば自分にて手軽に家を作り、家什はいまだ整わずとも細君だけはまずとりあえずとて、望みのとおりに若き婦人を娶り、身の治まりもつきて倹約を守り、子供は沢山に生まれたれども教育もひととおりのことなればさしたる銭もいらず、不時病気等の入用に三十円か五十円の金にはいつも差しつかえなくして、細く永く長久の策に心配し、とにもかくにも一軒の家を守る者あれば、みずから独立の活計を得たりとて得意の色をなし、世の人もこれを目して不覊独立の人物と言い、過分の働きをなしたる手柄もののように称すれども、その実は大なる間違いならずや。
-
『呻吟語』外篇・廣喻・四腳平穩四腳平穩ならば、又た搘墊を加ふるを須ひず。
-
『呻吟語』内篇・存心・兩間に一塵を見ず君子此の心を洗ひ得て淨ければ、則ち兩間に一塵を見ず。此の心を充たし得て盡くせば、則ち兩間に一礙を見ず。此の心を養ひ得て定まれば、則ち兩間に一怖を見ず。此の心を持し得て堅ければ、則ち兩間に一難を見ず。
-
『呻吟語』内篇・應務・實處に腳を著け、穩處に手を下す實處に腳を著け、穩處に手を下す。
-
言志四録・言志晩録 第六条 心は平、気は易心は平なるを要す。平なれば則ち定まる。気は易なるを要す。易なれば則ち直し。