学問のすゝめ / 九編・みずから独立の活計を得たりとて得意の色
しかるに世の中にはこの蟻の所業をもってみずから満足する人あり。今その一例を挙げん。男子年長じて、あるいは工につき、あるいは商に帰し、あるいは官員となりて、ようやく親類朋友の厄介たるを免れ、相応に衣食して他人へ不義理の沙汰もなく、借屋にあらざれば自分にて手軽に家を作り、家什はいまだ整わずとも細君だけはまずとりあえずとて、望みのとおりに若き婦人を娶り、身の治まりもつきて倹約を守り、子供は沢山に生まれたれども教育もひととおりのことなればさしたる銭もいらず、不時病気等の入用に三十円か五十円の金にはいつも差しつかえなくして、細く永く長久の策に心配し、とにもかくにも一軒の家を守る者あれば、みずから独立の活計を得たりとて得意の色をなし、世の人もこれを目して不覊独立の人物と言い、過分の働きをなしたる手柄もののように称すれども、その実は大なる間違いならずや。
書き下し
しかるに世の中にはこの蟻の所業をもってみずから満足する人あり。今その一例を挙げん。男子年長じて、あるいは工につき、あるいは商に帰し、あるいは官員となりて、ようやく親類朋友の厄介たるを免れ、相応に衣食して他人へ不義理の沙汰もなく、借屋にあらざれば自分にて手軽に家を作り、家什はいまだ整わずとも細君だけはまずとりあえずとて、望みのとおりに若き婦人を娶り、身の治まりもつきて倹約を守り、子供は沢山に生まれたれども教育もひととおりのことなればさしたる銭もいらず、不時病気等の入用に三十円か五十円の金にはいつも差しつかえなくして、細く永く長久の策に心配し、とにもかくにも一軒の家を守る者あれば、みずから独立の活計を得たりとて得意の色をなし、世の人もこれを目して不覊独立の人物と言い、過分の働きをなしたる手柄もののように称すれども、その実は大なる間違いならずや。
現代語訳
ところが世の中にはこの蟻の所業で自ら満足する人があります。今その一例を挙げましょう。男子が成長して、あるいは職人となり、あるいは商人となり、あるいは官員となって、ようやく親類や友人の厄介であることを免れ、相応に衣食して他人へ義理を欠く沙汰もなく、借家でなければ自分で手軽に家を作り、家具はまだ整わなくても細君だけはまず取りあえずと、望み通りに若い婦人を娶り、身の落ち着きもついて倹約を守り、子供は沢山生まれたが教育も一通りのことなのでさほど金もいらず、不時の病気などの費用に三十円か五十円の金にはいつも不自由なく、細く長く長久の策に心を配り、とにもかくにも一軒の家を守る者があれば、自分では独立の生計を得たといって得意顔になり、世の人もこれを見て束縛されない独立の人物と言い、分に過ぎた働きをした手柄者のように称えます。しかし実は大きな間違いではありませんか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
-
老子・第60章大国を治むるは小鮮を烹るが若し。道を以て天下に蒞めば、其の鬼も神ならず。其の鬼の神ならざるに非ず、其の神も人を傷らず。其の神の人を傷らざるに非ず、聖人も亦た人を傷らず。夫れ両つながら相傷らず、故に徳は交々焉に帰す。
-
論語・述而篇子は温にして厲し、威にして猛からず、恭にして安し。
-
『宋名臣言行録』前集巻五・王曽章獻明肅太后、權に軍國の事を處分す。聴斷の儀式、乆しくして未だ定まらず。公、時に禮儀院を判す。乃ち蔡邕の獨斷に述ぶる所の東漢の故事を采る。皇帝は左に在り、母后は右に在り、殿を同じくして簾を埀る。中書・樞宻院、次を以て事を奏すること儀の如し。人心乃ち定まる。
-
『管子』任法昔者堯の天下を治むるや、猶お埴の埏に在るがごとく、唯だ陶の為す所を以てす。猶お金の罏に在りて冶の鑄る所を以てするがごとし。其の民は之を引けば而ち來たり、之を推せば而ち往き、之を使えば而ち成り、之を禁ずれば而ち止む。故に堯の治むるや、善く法禁の令を明らかにするのみ。黄帝の天下を治むるや、其の民は引かずして來たり、推さずして往き、使わずして成り、禁ぜずして止む。故に黄帝の治むるや、法を置きて變ぜず、民をして其の法に安んぜしむる者なり。
-
『学問のすゝめ』九編・この人はただ蟻の門人と言うべきのみこの人はただ蟻の門人と言うべきのみ。生涯の事業は蟻の右に出ずるを得ず。その衣食を求め家を作るの際に当たりては、額に汗を流せしこともあらん、胸に心配せしこともあらん、古人の教えに対して恥ずることなしといえども、その成功を見れば万物の霊たる人の目的を達したる者と言うべからず。