智囊 / 小慧・竇義
長安諸坊小兒及金吾家小兒等,日給餅三枚、錢十五文,付與袋子一口,至冬拾槐子實其內,納焉。月餘,槐子已積兩車矣,又令小兒拾破麻鞋,每三緉以新麻鞋一緉換之。遠近知之,送破麻鞋者雲集,數日獲千餘緉。然後鬻榆材中車輪者,此時又得百餘千。雇日傭人於宗賢西門水澗,洗其破麻鞋,曝乾,貯廟院中。又坊門外買諸堆積棄碎瓦子,令工人於流水澗洗其泥滓,車載積於廟中,然後置石觜碓五具,剉碓三具,西市買油靛數石,雇人執爨,廣召日傭人,令剉其破麻鞋,粉其碎瓦,經疏布篩之,合槐子、油靛,令役人日夜加工爛搗,從臼中熟出。命二人並手團握,例長三尺以下,圓徑三寸,垛之。得萬餘條,號為「法燭」。建中初,六月,京城大雨,巷無車輪,義乃取此法燭鬻之,每條百文,將燃炊爨,與薪功倍,又獲無窮之利。
新字:長安諸坊小児及金吾家小児等,日給餅三枚、銭十五文,付与袋子一口,至冬拾槐子実其内,納焉。月余,槐子已積両車矣,又令小児拾破麻鞋,毎三緉以新麻鞋一緉換之。遠近知之,送破麻鞋者雲集,数日獲千余緉。然後鬻榆材中車輪者,此時又得百余千。雇日傭人於宗賢西門水澗,洗其破麻鞋,曝乾,貯廟院中。又坊門外買諸堆積棄砕瓦子,令工人於流水澗洗其泥滓,車載積於廟中,然後置石觜碓五具,剉碓三具,西市買油靛数石,雇人執爨,広召日傭人,令剉其破麻鞋,粉其砕瓦,経疏布篩之,合槐子、油靛,令役人日夜加工爛搗,従臼中熟出。命二人並手団握,例長三尺以下,円径三寸,垛之。得万余条,号為「法燭」。建中初,六月,京城大雨,巷無車輪,義乃取此法燭鬻之,毎条百文,将燃炊爨,与薪功倍,又獲無窮之利。
書き下し
長安の諸坊の小児及び金吾の家の小児ら、日ごとに餅三枚、銭十五文を給し、袋子一口を付与し、冬に至りて槐子を拾いて其の内に実たし、納めしむ。月余にして、槐子は已に両車を積む、又た小児をして破れ麻鞋を拾わしめ、三緉毎に新麻鞋一緉を以て換う。遠近之を知り、破れ麻鞋を送る者雲集し、数日にして千余緉を獲たり。然る後に楡材の車輪に中る者を鬻ぎ、此の時又た百余千を得たり。日傭の人を宗賢の西門の水澗に雇い、其の破れ麻鞋を洗い、曝乾して、廟院に貯う。又た坊門の外にて諸の堆積せる棄碎瓦子を買い、工人をして流水の澗に其の泥滓を洗わしめ、車載して廟中に積む、然る後に石觜碓五具、剉碓三具を置き、西市にて油靛数石を買い、人を雇いて爨し、広く日傭の人を召し、其の破れ麻鞋を剉かしめ、其の碎瓦を粉にし、疏布の篩を経て、槐子、油靛を合わせ、役人をして日夜工を加え、爛搗せしめ、臼中より熟して出ず。二人に命じて並手して団握せしめ、例ね長さ三尺以下、円径三寸、之を垛む。万余条を得たり、号して「法燭」と為す。建中の初め、六月、京城に大雨あり、巷に車輪無し、義は乃ち此の法燭を取りて鬻ぐ、毎条百文、将に燃やして炊爨せんとするに、薪と功は倍す、又た無窮の利を獲たり。
現代語訳
長安の各坊の子どもたちや、金吾衛の役人の家の子どもたちに、毎日餅三枚と銭十五文を与え、袋を一つずつ渡して、冬になると槐の実を拾って袋いっぱいに詰めさせて納めさせた。一か月あまりで、槐の実は二台の車に積むほどになった。また子どもたちに破れた麻の履物を拾わせ、三足ごとに新しい麻の履物一足と交換した。遠近の人々がこれを知り、破れた麻の履物を送って来る者が雲のように集まり、数日で千足あまりを手に入れた。それから、楡の材のうち車輪に使えるものを売り、このときまた百余千を得た。日雇いの人を宗賢坊の西門の谷川に雇い、破れた麻の履物を洗わせて、日に干し、廟院にためた。また坊門の外で、積み上げられていた捨てられた砕けた瓦を買い、職人に流水の谷川で泥を洗い落とさせ、車で運んで廟の中に積んだ。それから石の臼五具、刻む臼三具を据え、西市で油と染料数石を買い、人を雇って火を焚かせ、広く日雇いの人を呼んで、破れた麻の履物を細かく刻ませ、砕けた瓦を粉にし、粗い布の篩にかけて、槐の実、油、染料を混ぜ合わせた。作業員に昼夜加工させて、よく搗かせ、臼から出て来たところを二人に命じて両手で握り固めさせ、一定の長さ三尺以下、直径三寸にして、積み重ねた。一万本余りを得て、「法燭」と名づけた。建中の初め、六月に、都に大雨が降り、通りには車輪が通れなかった。竇義はこの法燭を売り出した。一本百文で、燃やして炊事に使うと、薪の二倍の働きがあり、またも尽きることのない利益を得た。
解説
この章句が説くこと
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