智囊 / 小慧・孫綽
王文度坦之弟阿智惡乃不翅,當年長而無人與婚。孫興公綽有女阿恒,亦僻錯,無復嫁娶理。孫因詣文度,求見阿智,既見,便佯言:「此定可,殊不如人所傳,那得至今未有婚處!我有一女,乃不惡,但吾寒士,不宜與卿計,欲令阿智娶之。」文度欣然而啟藍田云:「興公欲婚吾家阿智。」藍田驚喜,既成婚,女之頑囂殆過阿智,方知興公之詐。〔評〕阿恒得夫,阿智得妻。一人有智,方便兩家。
新字:王文度坦之弟阿智悪乃不翅,当年長而無人与婚。孫興公綽有女阿恒,亦僻錯,無復嫁娶理。孫因詣文度,求見阿智,既見,便佯言:「此定可,殊不如人所伝,那得至今未有婚処!我有一女,乃不悪,但吾寒士,不宜与卿計,欲令阿智娶之。」文度欣然而啓藍田云:「興公欲婚吾家阿智。」藍田驚喜,既成婚,女之頑囂殆過阿智,方知興公之詐。〔評〕阿恒得夫,阿智得妻。一人有智,方便両家。
書き下し
王文度坦之の弟の阿智は悪しきこと乃ち翅ならず、当に年長くして人の与に婚する無し。孫興公綽に女の阿恒有り、亦た僻錯にして、復た嫁娶の理無し。孫は因りて文度に詣り、阿智に見えんことを求め、既に見えて、便ち佯り言う、「此れ定めて可なり、殊に人の伝うる所の如からず、那ぞ今に至るまで未だ婚する処有らざるを得ん。我に一女有り、乃ち悪しからず、但だ吾は寒士にして、卿と計るに宜しからず、阿智をして之を娶らしめんと欲す」と。文度は欣然として藍田に啓して云う、「興公は吾が家の阿智に婚せんと欲す」と。藍田は驚喜し、既に婚を成すに、女の頑囂は殆ど阿智に過ぐ、方に興公の詐を知る。〔評〕阿恒は夫を得、阿智は妻を得たり。一人智有れば、両家を方便にす。
現代語訳
王坦之(字は文度)の弟の阿智は、ただの悪さではなく並外れて出来が悪く、年頃になっても結婚を申し込む人がいなかった。孫綽(字は興公)には阿恒という娘がいたが、これも癖が強く、嫁ぐ見込みがなかった。孫綽は王文度の家を訪ね、阿智に会いたいと求め、会ってから、偽って言った。「この方はまことに良い。世間で言われているのとはまったく違う。どうして今まで縁談がまとまらなかったのか。私には娘が一人いて、悪くはない。ただ私は貧しい士なので、あなたと縁組を相談するのはふさわしくないが、阿智に娶ってもらいたいのだ。」文度は喜んで藍田(王述)に申し上げた。「興公が我が家の阿智と縁組を望んでおります。」藍田は驚き喜んだ。結婚が成立すると、娘の頑固さと乱暴さは阿智をほとんど上回っていた。そこで初めて、興公の策略に気づいた。〔評〕阿恒は夫を得、阿智は妻を得た。一人に知恵があれば、両家を助けることができる。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』識斷・王素初め、原州の蒋偕、議を建てて大虫巉堡を築かんとし、宣撫使の王素これを聴く。役未だ具わざるに、敵、間を伺いて要撃し、成すを得ず。偕懼れ、来りて死に帰す。王素曰く、「若し偕を罪せば、乃ち是れ敵の計に堕つるなり」と。偕を責めて力を畢くして自ら効さしむ。総管の狄青曰く、「偕往かば益ます敗れん。遣わすべからず」と。素曰く、「偕敗れば、則ち総管行け。総管敗れば、素即ち行かん」と。青敢えて復た言わず、偕、卒に城きて還る。
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『智囊』制勝・趙奢秦は韓を伐ち、閼与に軍す。趙王は廉頗に問う、「韓は救うべきか。」と。対えて曰く、「道は遠く険しく狭し、救い難し。」と。また楽乗に問うに、頗の言の如し。趙奢に問うに及び、奢は対えて曰く、「道は遠く険しく狭し。これを譬うれば、両鼠が穴中に闘うが如し、将の勇なる者が勝つ。」と。乃ち奢を遣わして将として往かしむ。邯鄲を去ること三十里にして、軍中に令して曰く、「軍事を以て諫むる者あらば、死。」と。秦軍は武安の西に軍し、鼓噪して兵を勒し、屋瓦皆振う。軍中の候に一人あり、武安を急ぎ救わんことを言う。奢は立ちどころにこれを斬り、壁を堅くして留まること二十八日、行かず、復た塁を増す。秦の間来たりて入る。奢は善く食わせて遣る。間は以て秦将に報ず。秦将は大いに喜びて曰く、「夫れ国を去ること三十里にして軍は行かず、乃ち塁を増す。閼与は趙の地に非ざるなり。」と。奢は既に秦の間を遣るや、乃ち甲を巻いてこれに趣き、一日一夜にして至る。善く射る者をして閼与を去ること五十里にして軍せしむ。軍壘成りて、秦人はこれを聞き、甲を悉くして至る。軍士の許歴は軍事を以て諫めんことを請う。奢曰く、「内れよ。」と。許歴曰く、「秦人は趙の師の至るを意わず。この来るは気盛んなり。将軍は必ず厚くその陣を集めて以て待て。然らずんば必ず敗れん。」と。奢は許諾す。許歴は誅に就かんことを請う。奢曰く、「後の令を胥て。」と。戦わんとするに至り、歴は復た諫めんことを請いて曰く、「先に北山の上に据る者は勝ち、後に至る者は敗る。」と。奢は許諾し、即ち万人を発してこれに趣かしむ。秦兵は後れて至り、山を争うも上るを得ず。奢は兵を縦ちてこれを撃ち、大いに秦軍を破り、遂に閼与の囲みを解く。〔評〕孫子曰く、「反間は、敵の間に因りて之を用う。」と。又曰く、「我得るも亦利あり、彼得るも亦利あるは、争地と為す。」と。閼与の捷は是なり。許歴は智士なるに、復た戦功を以て顕るるを聞かず、何ぞや。漢の広武君においてもまた然り。
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