智囊 / 狡黠・孫三
臨安北門外西巷,有賣熟肉翁孫三者,每出,必戒其妻曰:「照管貓兒,都城並無此種,莫令外人聞見、或被竊去,絕吾命矣。我老無子,此與我子無異也。」日日申言不已,鄉里數聞其語,心竊異之,覓一見不可得。一日,忽拽索出到門,妻急搶回,其貓乾紅色,尾足毛須盡然,見者無不駭羨。孫三歸,責妻慢藏,棰詈交至。已而浸淫達於內侍之耳,即遣人啖以厚直,孫峻拒,內侍求之甚力,反覆數四,僅許一見,既見,益不忍釋,竟以錢三百千取去。孫涕淚,復棰其妻,竟日嗟悵。內侍得貓喜極,欲調馴然後進御。已而色澤漸淡,才及半月,全成白貓,走訪孫氏,已徙居矣。蓋用染馬纓法積日為偽。前之告戒棰怒,悉奸計也。
新字:臨安北門外西巷,有売熟肉翁孫三者,毎出,必戒其妻曰:「照管貓児,都城並無此種,莫令外人聞見、或被窃去,絶吾命矣。我老無子,此与我子無異也。」日日申言不已,郷里数聞其語,心窃異之,覓一見不可得。一日,忽拽索出到門,妻急搶回,其貓乾紅色,尾足毛須尽然,見者無不駭羨。孫三帰,責妻慢蔵,棰詈交至。已而浸淫達於内侍之耳,即遣人啖以厚直,孫峻拒,内侍求之甚力,反覆数四,僅許一見,既見,益不忍釈,竟以銭三百千取去。孫涕涙,復棰其妻,竟日嗟悵。内侍得貓喜極,欲調馴然後進御。已而色沢漸淡,才及半月,全成白貓,走訪孫氏,已徙居矣。蓋用染馬纓法積日為偽。前之告戒棰怒,悉奸計也。
書き下し
臨安の北門外の西巷に、熟肉を売る翁孫三なる者有り。出づる毎に、必ず其の妻を戒めて曰く、「猫児を照管せよ。都城に並びて此の種無し。外人をして聞見せしめ、或いは竊み去らるること莫かれ。吾が命を絶たん」と。「我は老いて子無し。此れ我が子と異なること無きなり」と。日日申べて言いて已まず。郷里数々其の語を聞き、心に窃かに之を異とし、一たび見んことを覓むるも得ず。一日、忽ち索を拽きて門に出づ。妻急ぎて搶り回す。其の猫は乾紅色にして、尾・足・毛・須尽く然り。見る者駭き羨まざる無し。孫三、帰りて妻の慢蔵を責め、棰ち詈ること交々至る。已にして浸淫として内侍の耳に達し、即ち人を遣わして啖うるに厚き直を以てす。孫、峻く拒む。内侍之を求むること甚だ力め、反覆すること数四、僅かに一見を許す。既に見、益々釈くに忍びず、竟に銭三百千を以て取り去る。孫、涕泣し、復た其の妻を棰ち、竟日嗟悵す。内侍、猫を得て喜ぶこと極まり、調馴を然る後に御に進めんと欲す。已にして色沢漸く淡く、才に半月に及びて、全く白猫と成る。走りて孫氏を訪うに、已に徙居せり。蓋し馬纓を染むる法を用いて、日を積みて偽りを為せるなり。前の告戒・棰怒は、悉く奸計なり。
現代語訳
臨安の北門の外の西の小路に、煮肉を売る孫三という老人がいた。出かけるたびに、かならず妻に言いつけた。「猫をよく見張っておけ。都にはこんな種類はいない。他人に見られたり、盗まれたりしてはならない。私の命が絶えてしまう」。また言った。「私は年を取って子がいない。この猫は私の子と変わらないのだ」。毎日、繰り返して言い続けた。近所の人々はたびたびその言葉を聞いて、内心不思議に思い、一目見たいと思ったが、かなわなかった。ある日、突然、縄を引いて猫を門の外に連れ出した。妻は慌てて引き戻した。その猫は真っ赤な色で、尾も足も毛もひげもすべて赤い。見た人は驚き、うらやましがらない者はなかった。孫三は家に帰って妻の不注意を責め、打ったりののしったりした。やがてその噂はしだいに宮中の宦官の耳に達し、ただちに人を遣わして、高い値で買おうとした。孫三は強く断った。宦官は強く求め、何度も繰り返し、ようやくわずかに一目見ることを許された。見るとますます手放せなくなり、ついに銭三百千で取って行った。孫三は涙を流し、また妻を打ち、一日じゅう嘆き悲しんだ。宦官は猫を手に入れて大喜びし、飼いならしてから皇帝に献上しようとした。しかし、しだいに色つやが薄くなり、わずか半月で、すっかり白い猫になった。孫三を訪ねて行くと、すでに引っ越していた。馬の飾りの房を染める方法を使って、日をかけて偽りを仕込んでいたのである。前の戒めや打擲や怒りは、すべて策略だったのだ。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』狡黠・京都道人北宋の時、道人の京都に至る有り。丹砂の妙を得たりと称す。顔は弱冠の如く、自ら言う、三百余歳なりと。貴賤咸な之に事え慕い、貨を輸して丹を求め、経を横たえて益を請う者、門は市肆の如し。時に朝士数人有り、其の第に造る。飲啜方に酣なり。閽者報じて曰く、「郎君、荘上より来たり、参覲せんと欲す」と。道士、色を作して之を叱る。坐客或いは曰く、「賢郎、遠来す。何ぞ一見を妨げん」と。道士、顰蹙すること移時、乃ち曰く、「但だ入り来たらしめよ」と。俄にして一老叟の鬚髪銀の如く、昏耄傴僂せるを見る。前に趨りて拝す。拝し訖わり、中門に叱入す。徐ろに坐客に謂いて曰く、「小児愚にして、丹砂を服食せず、以て此に至る。都て未だ百歳に及ばざるに、枯槁すること斯の如し。常日は斥けて村墅の間に至らしむるのみ」と。坐客愈々更に之を神とす。後に人有り、私かに道者の親知に詰る。乃ち云う、「傴僂なる者は、即ち其の父なり」と。
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