智囊 / 狡黠・丹客
嘉靖中,松江一監生,博學有口而酷信丹術。有丹士,先以小試取信,乃大出其金而盡竊之。生慚憤甚,欲廣游以冀一遇。忽一日,值於吳之閶門,丹士不俟啟齒,即邀飲肆中,慇懃謝過,既而謀曰:「吾儕得金,隨手費去,今東山一大姓,業有成約,俟吾師來舉事,君肯權作吾師,取償於彼,易易耳。」生急於得金,許之。乃令剪髮為頭陀,事以師禮,大姓接其談鋒,深相欽服,日與款接。而以丹事委其徒輩,且謂師在,無慮也。一旦復竊金去,執其師,欲訟之官,生號泣自明,僅而得釋。及歸,親知見其發種種,皆訕笑焉。〔述評〕以金易色,尚未全輸,但纏頭過費耳。若送卻頭髮博「師父」一聲,尤無謂也。
新字:嘉靖中,松江一監生,博学有口而酷信丹術。有丹士,先以小試取信,乃大出其金而尽窃之。生慚憤甚,欲広游以冀一遇。忽一日,値於呉之閶門,丹士不俟啓歯,即邀飲肆中,慇懃謝過,既而謀曰:「吾儕得金,随手費去,今東山一大姓,業有成約,俟吾師来舉事,君肯権作吾師,取償於彼,易易耳。」生急於得金,許之。乃令剪髪為頭陀,事以師礼,大姓接其談鋒,深相欽服,日与款接。而以丹事委其徒輩,且謂師在,無慮也。一旦復窃金去,執其師,欲訟之官,生号泣自明,僅而得釈。及帰,親知見其発種種,皆訕笑焉。〔述評〕以金易色,尚未全輸,但纏頭過費耳。若送却頭髪博「師父」一声,尤無謂也。
書き下し
嘉靖中、松江の一監生、博学にして口有り、酷だ丹術を信ず。丹士有り、先ず小試を以て信を取り、乃ち大いに其の金を出さしめて尽く之を竊む。生、慚憤すること甚だしく、広く游びて以て一遇を冀わんと欲す。忽ち一日、呉の閶門に値う。丹士、啓歯を俟たず、即ち邀えて肆中に飲み、慇懃に過ちを謝す。既にして謀りて曰く、「吾が儕は金を得れば、手に随いて費し去る。今、東山の一大姓、業に成約有り。吾が師の来たりて事を挙ぐるを俟つ。君、肯んじて権に吾が師と作りて、彼より償いを取らば、易易たるのみ」と。生、金を得るに急にして、之を許す。乃ち髪を剪りて頭陀と為し、事うるに師の礼を以てす。大姓、其の談鋒に接して深く相い欽服し、日に款接す。而して丹の事を以て其の徒輩に委ね、且つ師の在れば慮る無しと謂う。一旦、復た金を竊みて去る。其の師を執えて、官に訟えんと欲す。生、号泣して自ら明らかにし、僅かにして釈さるるを得たり。帰るに及び、親知は其の髪の種種たるを見て、皆訕笑す。〔述評〕金を以て色に易うるは、尚お未だ全く輸けず、但だ纏頭の過費のみ。若し頭髪を送却して「師父」の一声に博するは、尤も謂れ無し。
現代語訳
嘉靖年間、松江の一人の監生(国子監の学生)は、博学で弁舌も立ったが、錬丹術をひどく信じていた。ある丹術士が、はじめに小さな試しで信用を得ると、大金を出させて、そのすべてを盗んだ。監生は恥と怒りがはなはだしく、広く旅をして、いつか出会えることを願っていた。ある日突然、呉の閶門で出会った。丹術士は口を開く間もなく、すぐに誘って酒屋で飲み、ていねいに過ちを詫びた。やがて持ちかけた。「われわれ仲間は、金を手に入れても、手に入るたびに使い果たしてしまう。いま、東山のある名家に、すでに話がまとまっていることがあり、わが師匠が来て事を行うのを待っている。あなたがしばらく、わが師匠になりすまして、あの家から償いを取るのは、簡単なことです」。監生は金を得たい一心で、これを承知した。そこで髪を剃り頭陀(行脚僧)となり、丹術士は師として礼を尽くして仕えた。名家の主人は、その弁舌に接して深く敬服し、毎日もてなした。そして錬丹の実務はその弟子たちに任せ、師がいるから心配はないと言った。ある朝、再び金を盗んで去った。名家は師匠を捕まえ、役所に訴えようとした。監生は泣き叫んで身の潔白を申し立て、かろうじて釈放された。帰ると、親戚や知人は、その髪が伸びかけたまだらなのを見て、みな笑い者にした。〔述評〕金を出して色欲を得るのは、まだ全部負けたわけではなく、ただ祝儀が過ぎただけだ。しかし、髪を切り落として「師匠」の一声を得るのは、とくに理屈に合わない。
解説
この章句が説くこと
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