智囊 / 狡黠・京都道人
北宋時,有道人至京都,稱得丹砂之妙,顏如弱冠,自言三百餘歲。貴賤咸事慕之,輸貨求丹,橫經請益者門如市肆。時有朝士數人造其第,飲啜方酣,閽者報曰:「郎君從莊上來,欲參覲。」道士作色叱之,坐客或曰:「賢郎遠來,何妨一見。」道士顰蹙移時,乃曰:「但令入來。」俄見一老叟鬚髮如銀,昏耄傴僂,趨前而拜。拜訖,叱入中門,徐謂坐客曰:「小兒愚馬矣,不肯服食丹砂,以至此,都未及百歲,枯槁如斯,常日斥至村墅間耳。」坐客愈更神之,後有人私詰道者親知,乃云:「傴僂者,即其父也。」
新字:北宋時,有道人至京都,称得丹砂之妙,顔如弱冠,自言三百余歳。貴賤咸事慕之,輸貨求丹,横経請益者門如市肆。時有朝士数人造其第,飲啜方酣,閽者報曰:「郎君従荘上来,欲参覲。」道士作色叱之,坐客或曰:「賢郎遠来,何妨一見。」道士顰蹙移時,乃曰:「但令入来。」俄見一老叟鬚髪如銀,昏耄傴僂,趨前而拝。拝訖,叱入中門,徐謂坐客曰:「小児愚馬矣,不肯服食丹砂,以至此,都未及百歳,枯槁如斯,常日斥至村墅間耳。」坐客愈更神之,後有人私詰道者親知,乃云:「傴僂者,即其父也。」
書き下し
北宋の時、道人の京都に至る有り。丹砂の妙を得たりと称す。顔は弱冠の如く、自ら言う、三百余歳なりと。貴賤咸な之に事え慕い、貨を輸して丹を求め、経を横たえて益を請う者、門は市肆の如し。時に朝士数人有り、其の第に造る。飲啜方に酣なり。閽者報じて曰く、「郎君、荘上より来たり、参覲せんと欲す」と。道士、色を作して之を叱る。坐客或いは曰く、「賢郎、遠来す。何ぞ一見を妨げん」と。道士、顰蹙すること移時、乃ち曰く、「但だ入り来たらしめよ」と。俄にして一老叟の鬚髪銀の如く、昏耄傴僂せるを見る。前に趨りて拝す。拝し訖わり、中門に叱入す。徐ろに坐客に謂いて曰く、「小児愚にして、丹砂を服食せず、以て此に至る。都て未だ百歳に及ばざるに、枯槁すること斯の如し。常日は斥けて村墅の間に至らしむるのみ」と。坐客愈々更に之を神とす。後に人有り、私かに道者の親知に詰る。乃ち云う、「傴僂なる者は、即ち其の父なり」と。
現代語訳
北宋のころ、一人の道人が都にやって来た。丹砂(不老長生の薬)の妙法を得たと称していた。顔は若者のようで、自分では三百歳余りだと言っていた。身分の高い者も低い者も、みなこれに仕え慕い、財貨を差し出して丹を求め、経書を携えて教えを請う者で、門前は市場のようであった。そのとき、朝廷の役人が数人、その邸を訪れた。酒食がちょうど盛り上がっていた。門番が報告した。「若旦那様が、荘園からお見えになり、ご挨拶したいと申しています」。道士は顔色を変えて叱った。座にいた客の誰かが言った。「ご子息が遠くから来られたのです。会ってもよいではありませんか」。道士はしばらく眉をひそめていたが、やがて言った。「では入れなさい」。ほどなく、ひげも髪も銀のように白く、よぼよぼと腰の曲がった老人が現れた。進み出て拝礼した。拝礼が終わると、中門の内に叱って下がらせた。そして座の客にゆっくりと言った。「息子は愚かで、丹砂を飲まなかったので、こうなってしまったのです。まだ百歳にもならないのに、このように衰えてしまいました。ふだんは追いやって田舎に住まわせているのです」。座の客たちはますますこの道士を神のように思った。後になって、ある人がひそかに道士の親しい者に問いただした。すると、「腰の曲がった者は、実はその父親だ」と言った。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』狡黠・丹客客に丹術を炫く者有り。輿従甚だ盛んなり。美妾を携えて日に西湖に飲む。羅列する所の器皿、望めば燦然として、皆黄白なり。一富翁見て之を艶み、前みて揖して問う、「公、何の術にて富むこと此の若きや」と。客曰く、「丹成れば、特に長物のみ」と。富翁遂に客並びに其の妾を延きて家に至り、二千金を出し、母の為に之を煉らしむ。客の鉛薬あり。煉ること十余日、密かに一長髯を約して突として至らしめ、紿きて曰く、「家、内艱に罹り、亟かに返らんことを求む」と。客大いに慟き、主人に謂いて曰く、「事は出づるに奈何ともし難し。煩わくは主君、余が婢と同に爐を守れ。余は不日にして来たるのみ」と。客は実は丹を竊みて去る。又婦に囑して私かに主と媾せしむ。而るに悟らず、遂に計に墮ち、綢繆すること数宵にして客至る。爐を啓き視て、大いに驚きて曰く、「敗れたり。之を触るる者有るに似たり」と。因りて主人の無行を詈り、妾を掠治せんと欲す。主人は諱むこと能わず、復た厚鏹を出して罪を謝す。客、怏怏たる状を作して去る。主君猶お遣るを得たるを以て幸と為し、而して銀器皆偽物にして、妾は則ち典妓にして騙局を為すを知らず。翁は貪淫に中たられ、此の客も亦た黠なるかな。
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『智囊』狡黠・丹客嘉靖中、松江の一監生、博学にして口有り、酷だ丹術を信ず。丹士有り、先ず小試を以て信を取り、乃ち大いに其の金を出さしめて尽く之を竊む。生、慚憤すること甚だしく、広く游びて以て一遇を冀わんと欲す。忽ち一日、呉の閶門に値う。丹士、啓歯を俟たず、即ち邀えて肆中に飲み、慇懃に過ちを謝す。既にして謀りて曰く、「吾が儕は金を得れば、手に随いて費し去る。今、東山の一大姓、業に成約有り。吾が師の来たりて事を挙ぐるを俟つ。君、肯んじて権に吾が師と作りて、彼より償いを取らば、易易たるのみ」と。生、金を得るに急にして、之を許す。乃ち髪を剪りて頭陀と為し、事うるに師の礼を以てす。大姓、其の談鋒に接して深く相い欽服し、日に款接す。而して丹の事を以て其の徒輩に委ね、且つ師の在れば慮る無しと謂う。一旦、復た金を竊みて去る。其の師を執えて、官に訟えんと欲す。生、号泣して自ら明らかにし、僅かにして釈さるるを得たり。帰るに及び、親知は其の髪の種種たるを見て、皆訕笑す。〔述評〕金を以て色に易うるは、尚お未だ全く輸けず、但だ纏頭の過費のみ。若し頭髪を送却して「師父」の一声に博するは、尤も謂れ無し。
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