智囊 / 狡黠・土豪張
北京城外某街,有張姓者,土豪也,能以財致人死力,凡京中無賴皆歸之。忽思乞兒一種未收,乃於隙地創土室,招群丐以居,時其緩急而周之。群丐感恩次骨,思一報而無地。久之,先用以徵債,債家畏丐嬲,無不立償者。已而,詗人有營乾之事,輒往拜,自請居間;或不從,則密喻群丐嬲之,復陰使人為之畫策,謂非張某不解。乃張至,瞋目一呼,群乞駭散。人服其才。因倩營乾,任意籠絡,得錢不貲,復以小嫌怒一徽人。其人開質庫者,張遣人偽以龍袍數事質銀,意似匆遽,囑云:「有急用,故且不索票,為我姑留外架,晚即來取也。」別使人首之法司,指為違禁,袍尚存架,而籍無質銀者姓名,遂不能直,立枷而死。逾年,張坐他事繫獄,徽人子訟父冤,盡發其奸狀,且大出金錢為費,張亦問立枷,而所取枷,即上年所用以殺徽人者,封識姓名尚存。人或異之,張竟死。〔評議〕丐,廢人也,而以智役之,能得其用。彼坐擁如林,而指臂不相運掉者何哉?張之憸狡不足道,乃其才亦有過人者。若虞詡設三科募士,堪作一隊長矣。
新字:北京城外某街,有張姓者,土豪也,能以財致人死力,凡京中無頼皆帰之。忽思乞児一種未収,乃於隙地創土室,招群丐以居,時其緩急而周之。群丐感恩次骨,思一報而無地。久之,先用以徴債,債家畏丐嬲,無不立償者。已而,詗人有営乾之事,輒往拝,自請居間;或不従,則密喩群丐嬲之,復陰使人為之画策,謂非張某不解。乃張至,瞋目一呼,群乞駭散。人服其才。因倩営乾,任意籠絡,得銭不貲,復以小嫌怒一徽人。其人開質庫者,張遣人偽以竜袍数事質銀,意似匆遽,囑云:「有急用,故且不索票,為我姑留外架,晩即来取也。」別使人首之法司,指為違禁,袍尚存架,而籍無質銀者姓名,遂不能直,立枷而死。逾年,張坐他事繋獄,徽人子訟父冤,尽発其奸状,且大出金銭為費,張亦問立枷,而所取枷,即上年所用以殺徽人者,封識姓名尚存。人或異之,張竟死。〔評議〕丐,廃人也,而以智役之,能得其用。彼坐擁如林,而指臂不相運掉者何哉?張之憸狡不足道,乃其才亦有過人者。若虞詡設三科募士,堪作一隊長矣。
書き下し
北京城外の某街に張姓の者有り、土豪なり。能く財を以て人の死力を致し、凡そ京中の無頼は皆これに帰す。忽ち乞児一種の未だ収めざるを思い、乃ち隙地に於いて土室を創め、群丐を招きて以て居らしめ、其の緩急に時として之を周す。群丐、恩を感ずること骨に次ぎ、一報せんと思うも地無し。久しくして、先ず用いて以て債を徴す。債家は丐の嬲を畏れ、立ちどころに償わざる無し。已にして人の営乾の事有るを詗い、輒ち往きて拝し、自ら居間せんことを請う。或いは従わざれば、則ち密かに群丐に喩して之を嬲らしめ、復た陰かに人をして之が為に策を画かしめ、張某に非ざれば解けずと謂う。乃ち張至り、目を瞋らして一呼すれば、群乞は駭き散ず。人、其の才に服す。因りて営乾を倩い、任意に籠絡して、銭を得ること貲らず。復た小嫌を以て一徽人に怒る。其の人は質庫を開く者なり。張、人を遣わして偽りて龍袍数事を以て銀に質せしむ。意は匆遽に似たり。嘱して云う、「急用有り、故に且つ票を索めず。我が為に姑く外架に留めよ。晩に即ち来たり取らん」と。別に人をして之を法司に首せしめ、指して違禁と為す。袍は尚お架に存し、而して籍に銀に質する者の姓名無し。遂に直すこと能わず、立ちどころに枷して死す。年を逾えて、張、他事に坐して獄に繋がる。徽人の子、父の冤を訟え、尽く其の奸状を発き、且つ大いに金銭を出して費と為す。張も亦た問われて立枷す。而して取る所の枷は、即ち上年の徽人を殺すに用いし所のものなり。封識の姓名尚お存せり。人或いは之を異とす。張、竟に死す。〔評議〕丐は廃人なり。而るに智を以て之を役し、能く其の用を得たり。彼の坐して擁すること林の如くして、指臂の相い運掉せざる者は何ぞや。張の憸狡は道うに足らず、乃ち其の才も亦た人に過ぐる有り。虞詡の三科を設けて士を募るが若き、一隊長たるに堪えん。
現代語訳
北京の城外のある街に、張という姓の者がいた。土地の有力者である。財力で人を死力を尽くして働かせることができ、都のならず者たちはみなこの男に帰属していた。あるとき、乞食だけはまだ手なずけていないと思い、空き地に土の小屋を建て、乞食たちを招いて住まわせ、困ったときには折々に助けてやった。乞食たちは骨身にしみて恩を感じ、一度は報いたいと思ったが、機会がなかった。しばらくして、まず借金の取り立てに用いた。借り手は乞食がつきまとうのを恐れ、すぐに支払わない者はなかった。やがて、人が何か役所への働きかけの事情を抱えていると探り知ると、すぐに訪ねて拝礼し、自分から仲介を申し出た。聞き入れなければ、ひそかに乞食たちに言いふくめてつきまとわせ、また陰で人に策を立てさせて、張某でなければ解決できないと思わせた。そこで張が現れ、目を怒らせて一声あげると、乞食たちは驚いて散った。人々はその才に感服した。こうして仲介を引き受けては、思いのままに丸め込み、得た銭は数えきれなかった。のちに、ささいな嫌いから、ある徽州の人に怒りを向けた。その人は質屋を営んでいた。張は人を使って、にせの龍袍(皇帝の衣装)数着を質に入れ銀を借りさせた。急ぎの様子であった。言いふくめて言わせた。「急用があるので、質札はいりません。私のために、しばらく外の棚に置いておいてください。夕方にすぐ取りに来ます」。別の者に法司へ訴え出させ、禁制品だと指摘させた。龍袍はまだ棚にあり、帳簿には質に入れた者の名前がない。そのため弁明できず、すぐに首枷をはめられて死んだ。一年あまりたって、張は別の事件に連座して獄に繋がれた。徽州の人の子が父の冤罪を訴え、その悪事をことごとく暴き、さらに大金を出して費用にした。張もまた取り調べられ、立ち枷の刑にされた。使われた枷は、前の年に徽州の人を殺したものであった。封をした札の姓名もまだ残っていた。人々はこれを不思議がった。張はついに死んだ。〔評議〕乞食は役立たずの者である。しかし知恵で使いこなせば、その働きを得られる。多くの手勢を抱えながら、手足のように動かせない者は何だろう。張のずるさは取るに足りないが、その才能は人に勝るところがある。虞詡が三つの科目を設けて士を募ったようにすれば、一隊の長としては務まるであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』詰奸・張小舍相伝う、維亭の張小舎は善く盗を察す。偶たま市中を行くとき、一人の衣冠甚だ整える者の、荷草する者に遇い、数茎を捋取するを見る。因りて廁に如く。張、其の出づるを俟ち、後ろより之を叱す。其の人惶懼す。之を鞫すれば、盗なり。又嘗て暑月に一古廟の中に遊ぶとき、三四輩の席地に鼾睡する有り。傍らに西瓜の劈きて未だ食せざる有り。張も亦た指して盗と為して之を擒う。果たして然り。或ひと其の術を叩く。張曰く、「廁に入りて草を用うるは、此れ無頼の小人なり。其の衣冠は必ず盗み来たれるなり。古廟に群れ睡るは、夜に労して昼に倦めばなり。西瓜を劈くは、以て蠅を辟くるなり」と。時の人之が語を為して曰く、「天も怕れず、地も怕れず、只だ維亭の張小舎を怕る」と。後に瞽丐に途に遇い、疑いて之を跡う。其の溝を跨ぎて過ぐるを見て、擒う。果たして盗魁なり。其の瞽は則ち偽りなり。重賂を請うて免れんとし、某日を期するも、期を過ぎて至らず。久しくして、張、復た途に遇い、責むるに約に渝ることを以てす。盗曰く、「已に臥牀の左足に輸せり。但だ夜に至り、敢えて寢を驚かさざるのみ」と。張猶お信ぜず、曰く、「何を以て徴と為すか」と。盗即ち是の夜の其の夫婦の私語を述ぶ。張始めて大いに駭く。帰りて牀足を視れば、物の係かる有り、許す所の数の如し。兼ねて一利刃を得たり。悚然として曰く、「危うきかな」と。自後、盗を察すること頗る疎なり。〔馮評〕小舎は智なり。此の盗も亦た智なり。小舎、先に盗を察するは、智なり。後に盗を察すること疎なるは、更に智なり。
-
『智囊』經務・張全義東都は薦りに寇乱を経て、其の民は百戸に満たず。張全義、河南尹と為り、麾下の材器の任ずべき者十八人を選び、人ごとに一旗一榜を給し、之を「屯将」と謂い、十八県の故墟落に詣り、旗を植え榜を張りて、流散を招懐せしむ。之に樹藝を勧め、その租税を蠲き、唯だ殺人者は死、余は俱に笞杖するのみ。是に由りて民の帰すること市の如し。数年の後、漸く旧規に復す。全義、田疇の美なる者を見る毎に、輒ち馬を下りて僚佐と共に之を観、田主を召して、労うに酒食を以てす。蚕・麦の善く収まる者あれば、或いは親ら其の家に至り、悉く老幼を呼び出し、賜うに茶・彩・衣物を以てす。民間、言う、「張公は声妓を喜ばず、独り佳き麦・良き蚕を見て乃ち笑うのみ」と。是に由りて民は竞いて耕蚕し、遂に富庶を成す。〔馮述評〕全義は群盗より起こるも、乃ち其の政を為すや、良吏も及ばず。彼の吏にして盗なる者は、愧死せざるか。全義は一笑して民勧み、今は百怒して民威れざるは、何ぞや。
-
『智囊』經務・張肖甫轅門の外に陳ね、而して使をして馳せて諸営に赦せしめて曰く、「天子は汝を僇し尽くすに忍びず。汝は自ら死に合うか否かを揣れ。今よりして後、当に力を尽くして国の為に御圉すべし」と。衆は尽く感泣す。〔馮評〕兵の変は、未だ朘削に因りて激成せざる者有らず。民の変は、未だ勢豪に因りて激成せざる者有らず。兵民一時に並びて変ずるに至りては、危うきかな浙や。幸いに群不逞は倉卒の烏合にして、本より大志無く、而して二魁は好言の慰遣を恃みて、自ら死せざるを幸いとす、故に合して一と為らざるに至る。此に於いて便ち個の題目の做す可き有り。張公の此の挙は、大いに機権有り、大いに此第有り。尤も妙は多く殺さざるに在り。若し功を貪る臣ならば、我は当に如何なるかを知らず。
-
『智囊』狡黠・江南士子科は嘗て人の為に公事を居間す。其の人は約して公所に物を封ず、正に較量する次、一跛丐有り、右に杖を持ち、左に竹籃を携え、籃内に破衣有り、挨り入りて乞賞す。科は零星を掂りて之に与うるに、丐は少なきを嫌う、科は佯り怒り、元宝一錠を取りて籃中に擲ち、叱して曰く、「汝は此を欲するか」と。丐は悚懼して曰く、「財主は添えざれば則ち已む、何ぞ必ずしも怒らん」と、双手に宝を捧げて几上に置きて去る。後に事諧わず、其の人は封を啓くに、則ち元宝は乃ち偽物にして、向の丐者の為に易え去られたり、丐者は即ち科の党の仮る所なり。〔述〕蘇城は四方輻湊の地、騙局甚だ多し。曾て記す万暦季年、徽人の叔姪の墳を争う事有り、結訟すること数年、其の姪は先に人の郡の司理に通ずる有り、撫台に於いて一詞を准して之を発せんと欲す。忽ち某公子の閶門外に寓する有り、是れ撫公の年姪なりと云い、衣冠甚だ偉に、僕従も亦た都なり。徽姪は往きて拝し、因りて之を邀えて飲む。偶ま此の事を談及するに、公子は一力して承当す。遂に物を封じて質と為し、期に及びて、公子は公服し、訟詞を取りて袖中に納れ、径ちに撫台の門に入る、徽姪は外より之を伺うに、忽ち公事已に畢りて門閉ざされたり、意うに撫公は公子を留めて餐せしめんと。門役に詢うも、俱に知る莫し、乃ち晩衙に、公子は人叢の中より酒容にして出で、意気揚揚として、云う、「撫公の相待つこと頗る厚く、請う所已に諧えり」と。徽の寓に抵り、官封を袖中より出だすに、印識は宛然たり。
-
『智囊』靈變・張佳胤公は又た曰く、「帑金は辨識し易く、亦た爾の利に非ず。邑中には富民多し、願わくは数の如くこれを貸さん。既に吾が官を累わさず、爾も亦た枕を安んぜん」と。二賊は益々公の計を善とす。公は章に属して語を伝え、吏の劉相を召さしむ。相とは、心計の人なり。相至る。公は謬りて語りて曰く、「吾は不幸にして意外の事に遭う。若し逮去せられなば、死すること日無からん。今、錦衣公に大いなる気力有り、能く我を免れしめば、心に甚だ之を徳とせん。吾は五千金を具えて寿と為さんと欲す」と。相は舌を吐きて曰く、「安んぞ此を辨ずるを得ん」と。公は相の足を躡みて曰く、「每に見る、此の邑の人は富みて義を好む。吾は汝をして為に貸さしむ」と。遂に紙筆を取りて、某上戸若干、某中戸若干と書し、共に九人、五千金の数に符す。九人とは、素より捕盗に善き者なり。公は又た相に語りて曰く、「天使在す。九人の者は宜しく盛服して謁見すべし。貸すを以ての故に窶人の状を作す勿れ」と。相は意を会して出づ。公は酒食を取りて酬酢し、先に飲啖して以て疑わざるを示す。且つ二賊に多く飲む勿れと戒む。賊は益々これを信ず。酒半ばにして、曩に招く所の九人は各々鮮衣して富客と為り、紙を以て鉄器を裹み、手にこれを捧げ、陸続として門外に至り、謬りて云う、「貸金已に至れり、但だ貧にして数の如くする能わず」と。哀祈の状を作す。二賊は金の至るを聞き、且つ来る者の豪状を睹て、復た疑いを致さず。
-
『智囊』威克・張詠・柳仲途張詠、少くして剣を学び、長安の旅次に客たりしとき、隣家の夜哭くを聞く。其の故を叩けば、此の人は遠郡に遊宦し、嘗て私かに官銭を用い、僕夫に持たれ、強いて其の長女を要いて妻と為さんとすと。詠は明日其の門に至り、陽わりて僕を仮りて一親を探らんとす。僕は遅遅たるも、之を強いて去る。馬を導いて城を出で、林麓の中に至り、即ち其の罪を疏す。僕は倉惶の間、詠は袖の椎を以て之を揮い、崖に墜ちて死す。帰りて曰く、「盛価は已に復た来たらず。速やかに汝が郷に帰り、後は当に事に謹むべし」と。柳仲途は挙に赴く時、駅中に宿り、夜に婦人の哭声を聞く。乃ち臨淮令の女なり。令は任に在りて貪墨にして、一僕に委ねて献納を主らしめ、代わりて還るに及び、僕に持たれ、其の女を逼りて娶らんとす。柳は訪ね知り、明日令に謁し、此の僕を一日仮らんことを請う。僕、柳の室に至り、即ち令して市に往き酒果を買わしむ。夜闌にして、僕を呼びて叱問し、即ち匕首を奮いて殺し、烹る。翌日、令及び同舎を召して飲み、「共に衛肉を食らう」と云う。飲散じて亟かに行く。令追いて謝し、僕の安くに在るやを問えば、曰く、「適たま共に食らう者是れなり」と。〔馮述評〕亦た智、亦た侠、絶だ『水滸伝』中の奇事に似たり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る