智囊 / 經務・張肖甫
陳轅門外,而使使馳赦諸營,曰:「天子不忍僇盡汝,汝自揣合死否,今而後當盡力為國御圉也!」眾盡感泣。〔馮評〕兵之變,未有不因朘削激成者;民之變,未有不因勢豪激成者。至於兵民一時並變,危哉乎浙也!幸群不逞倉卒烏合,本無大志,而二魁恃好言之慰遣,自幸不死,故不至合而為一,於此便有個題目可做。張公此舉,大有機權,大有此第,尤妙在於不多殺,若貪功臣,我不知當如何矣。
新字:陳轅門外,而使使馳赦諸営,曰:「天子不忍僇尽汝,汝自揣合死否,今而後当尽力為国御圉也!」衆尽感泣。〔馮評〕兵之変,未有不因朘削激成者;民之変,未有不因勢豪激成者。至於兵民一時並変,危哉乎浙也!幸群不逞倉卒烏合,本無大志,而二魁恃好言之慰遣,自幸不死,故不至合而為一,於此便有個題目可做。張公此舉,大有機権,大有此第,尤妙在於不多殺,若貪功臣,我不知当如何矣。
書き下し
轅門の外に陳ね、而して使をして馳せて諸営に赦せしめて曰く、「天子は汝を僇し尽くすに忍びず。汝は自ら死に合うか否かを揣れ。今よりして後、当に力を尽くして国の為に御圉すべし」と。衆は尽く感泣す。〔馮評〕兵の変は、未だ朘削に因りて激成せざる者有らず。民の変は、未だ勢豪に因りて激成せざる者有らず。兵民一時に並びて変ずるに至りては、危うきかな浙や。幸いに群不逞は倉卒の烏合にして、本より大志無く、而して二魁は好言の慰遣を恃みて、自ら死せざるを幸いとす、故に合して一と為らざるに至る。此に於いて便ち個の題目の做す可き有り。張公の此の挙は、大いに機権有り、大いに此第有り。尤も妙は多く殺さざるに在り。若し功を貪る臣ならば、我は当に如何なるかを知らず。
現代語訳
轅門の外に首をならべ、使者を走らせて諸営に赦免を伝えさせて言った。「天子はお前たちを殺し尽くすに忍びない。お前たちは自分で、死に値するかどうかを考えてみよ。今から後は、力を尽くして国のために守備せよ。」人々はみな感激して泣いた。〔馮夢龍の評〕兵の変乱は、搾取によって引き起こされないものはなく、民の変乱は、権勢ある豪族によって引き起こされないものはない。兵と民が同時に変を起こすに至っては、浙江は危うかったことよ。幸いなことに、よこしまな者たちは急ごしらえの烏合の衆で、もとより大きな志がなく、二人の首謀者は優しい言葉による慰撫を頼みにして、死なずにすんだことを幸運と思ったので、結束して一つにならなかった。ここに、手の打ちようがある題目があった。張公のこのふるまいは、大いに機転と権謀があり、手順がよく整っていた。とくに優れているのは、多く殺さなかったことである。もし功を貪る臣であったなら、私はどうなっていたか見当もつかない。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』經務・張肖甫復た馬文英、楊廷用を召し、密かに之に謂いて曰く、「向に自ら縛して請いしは汝なるか」と。二魁は死罪を謝す。公曰く、「壮士は故より死を畏れず。然りと雖も、死するに法に名無し。汝は我が為に衆を帥いて乱を捕らえよ。詎ぞ贖を論ぜん、且つ賞せん。即ち不幸にして死すとも、寧ろ義に死せんか」と。二魁も亦た踊躍して命を聴く。公は乃ち徐景星を召して従う所の驍勇を出だして中軍と為し、営兵をして之に次がしめ、郡邑の土団は又た之に次ぎ、部伍を厳しくし、約束を明らかにし、遂に前みて乱民に薄り、連ねて之を敗り、縛すること百五十余人、而して仕卿も与る。公は訊いて其の倡謀を得たり。刃を挟みて金帛を腰にする者は凡そ五十余人、皆な之を斬梟して轅門に置き、余は悉く釈き去らしむ。是に於いて群不逞は皆な散ず。公は此の悍卒の猶お未だ法に伏せざるを念い、之を急にすれば或いは変を生ぜんとし、他事を仮りて之を罪すれば或いは密かに之を掩えば則ち法に非ず、因りて陽に二魁の功を奨め、之に冠帯を予う。営に榜し、復た其の餉を初めの如くし、咸な帖然たり。二魁の自ら縛せし時、衆に要して曰く、「吾は一死を以て若等を蔽わん、姑く我に棺殮を予え、妻子の費を給せよ」と。衆は為に金数百を斂む。既に免れて復た橐に反さず、衆は頗る恨む。又た各営の乱を倡えし者数十、公は俱に之を廉得す。明年の春汛に屆び、七営当に復た発すべし。公は誓師の時に密かに徐景星をして名捕営ごとに各おの一人を以て、其の首乱の罪を数えて之を斬らしむ。已後、馬、楊の二魁を捕らえ至り、曰く、「汝は故より自ら死を請う、今は晩し。且つ汝は既に乱を倡え、又た衆を欺きて其の資を攘む。我れ即ち汝を貸さんと欲すとも、衆怒を如何せん」と。又た之を斬り、凡そ九首なり。
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『智囊』經務・張肖甫張公は嘉禾に抵りて変を聞き、候人に問いて曰く、「兵の海を哨する者は発せしか」と。曰く、「発せり」と。「留まる所の二営は恙無きか」と。曰く、「然り」と。公曰く、「速やかに之を駆れ、尚お離して二つにす可し」と。従者は皆な恐る。公は談笑して自如たり。既に台に抵りて事を治むるに、群不逞の嘯聚するは益ます衆く、竿を揭げ幟を立て、白刃を執りて台に向かう者は二千余ばかりなる可し、且つ垣を毀ちて入らんと欲す。公は乃ち数卒に従いて肩輿に乗りて出で迎え、之に謂いて曰く、「汝曹反する毋かれ、反すれば則ち天子は六師を移して至り汝を族せん。且つ汝は必ず苦しむ所と甚だ平らかならざる所有らん。何ぞ我に告げざる」と。衆は夜役の不公を以て言う。公曰く、「易きのみ。奈何ぞ一憤を以て一族に易えんや」と。即ち令を下して之を除く。衆は始めて散ず。然れども其の気は益ます張り、夜に復た他の巨室を掠め、火光天を燭らす。公は燭を秉りて檄を草し、諭すに禍福を以てし、質明に通衢に張るに、衆は取りて之を裂く。公は怒りて曰く、「吾は命を奉じて悍兵を戢めんとす。宜しく悍民より自ら始むべし」と。已にして計りて曰く、「過ちは使う可し、烏合は刈る可し」と。游撃の徐景星に命じて二営の兵を以て入らしめ、伍長を召して之を撫して曰く、「前の幕府は誠に汝の死力を誤用して汝に餉せず。汝は寧ろ怏怏たる無からんや」と。衆は唯唯たり。則ち又た曰く、「市の無頼の子の乱は成れり。彼に他の労無く、汝曹の例に非ず。能く我が為に尽力して之を捕らう計らば、我は且つ汝曹をして功を以て飽かしめん。然れども多く殺す毋かれ、多く殺せば汝の功にあらず」と。衆は踊躍して命を聴く。
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『智囊』辯才・張嘉言張公意色安閑として、知事者五六人を呼びて階に登りて其の故を述べしむ。衆兵倶に擁して前むに、即ち叱りて堂を下らしめて曰く、「人言囂乱にして、殊に聴くに便ならず」。衆兵乃ち下る。時に天雨甚だしく、兵の衣尽く湿るも、張公も亦た顧みず、但だ此の六人をして好く之を言わしむ。六人嘵嘵として、旧より減例無しと称す。張公曰く、「此の事、我も亦た与り聞く。汝等全く出汛せず、却って上の人を怪しむこと難し。汝、減ぜざるを欲するも亦た使し得。然りと雖も、亦た汝の利に非ざるなり。上司、今より汝等をして参・游の兵と毎歳更迭して出汛せしめば、汝寧んぞ往かざるを得んや。若し往かば、則ち汝等は且に参・游の兵と称し、工食は半ばを減ぜられん。汝の争いて存する所は、汝の能く享くる所に非ず、参・游の兵の来たりて代わる者の得る所なり。何ぞ其の稍や減ずるに聴きて、汝等猶お歳歳大将軍の兵と称するを得ざる。汝等試みに之を思え」。此の六人、俯首して対うる能わず、唯だ曰く、「願わくは爺爺、転達して寛恤せよ」。張公曰く、「汝等の姓名は誰ぞ」。各おの相い顧みて言うを肯んぜず。張公罵りて曰く、「汝等、姓名を言わずんば、上司問う、『誰か来たりて汝に稟す』と。何を以て之に対えん。妨げず説き来たれ。自ら処する有らん」。乃ち始めて各おの姓名を言い、而して之を記す。張公曰く、「汝等、諸人に伝語せよ。此の事は自ら当に処する有るべし。甚だ嘩する無かれ。諸人にして嘩せば、汝の六人は各おの姓名有り、上司皆な汝の首を斬らん」。六人色を失い、唯唯として退く。後、諸兵毎月銀一銭を減ずることを議し、兵竟に嘩する者無し。〔議〕説くこと道理透徹し、利害分明、覚えず気平らかにして心順う。凡そ減省を以て変を激する者は、皆処分を善くせざるの過ちなり。
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『智囊』經務・張肖甫浙には故より幕府の親兵四千五百人有り、分かちて九営と為し、歳ごとに七営を以て海汛を防ぎ、汛畢わりて乃ち帰る。其の餉は頗る厚し。万暦十年の間、呉中丞善言は新例を奉じて餉の三の一を減じ、又た半ば新銭を給するも、銭法は壅がりて行われず。訴うるも聴かず、遂に乱を為す。其の魁の馬文英、楊廷用は実に之を倡え、呉公を擁して営所に至り、窘辱は備さに至り、迫りて削減の状を書かしめ、庫金二千を以て酒食の資と為し、姑く之を縦つ。明日、二魁は陽り自ら縛りて呉及び両台に詣り、言う、「我れ実に首事す、請う法を受けん、他は与る無し」と。衆は皆な刃を匣して以て俟つ。諸公は禍を稔らすを懼れ、姑く好言もて慰遣し、而して其の事を具して上聞す。少司馬の張肖甫は便宜の命を奉じて浙を撫して呉に代わるも、未だ至らずして民変復た作る。初め、杭城の諸柵は各おの役夫を設けて乾掫を司らしめ、役に応ずる者は自ら遊手を募りて之に充つ。前二歳に始めて其の法を厳にし、必ず親ら役を受けしむ。役を憚る者は相い率いて豪の力有る者に倚りて以て免れ、而して遊手は遂に募利を失い、亦た怨望す。上虞の人丁仕卿は僑居し、素より文を舞わし、市の大猾と相い結び、利便を仮りて之を監司守令に言うも、俱に聴かず。意は忿忿として、且つ謂う、「官は乱兵を如何ともする無し、而して我を如何せん」と。此を以て諸大猾を挑む。会ま仕卿は他の法に坐して校を荷い、諸大猾は遂に衆を鼓して之を劫し、響応するもの千人に至る。是に於いて諸豪の有力の家を焚劫して以て憾みを快くし、遂に台使者の門を破り、監司より下は悉く竄匿す。
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『智囊』靈變・張濬建炎の初め、駕は銭塘に幸し、張忠献を平江に留めて後鎮と為す。時に湯東野は適々守将と為る。一日、赦令の当に至るべきを聞き、心に之を疑い、走りて張公に白す。公曰く、「亟かに吏属の事を解する者を遣わして往きて視せしめ、駅騎を緩めて先ず取りて以て帰らしめよ」と。湯は官を遣わして発視するに、乃ち偽詔なり。宣ぶべからずと度るも、事は已に彰灼たり。卒徒は賜を望むに急にして、変有るを懼る。復た張公に謀る。公曰く、「今は便ち庫銭を発して、賞を行うの意を示せ」と。乃ち偽詔を屏け、陰かに故府に蔵する所の登極の赦書を取りて輿中に置き、迎えて譙門に登り、読みて之を張り、即ち其の階を去り、禁じて敢えて輒ち登る者無からしむ。而して金帛を散給すること郊賚の時の如くす。是に於いて人情は略定まり、乃ち大計を決せり。
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『智囊』靈變・周金周襄敏公は宣府を撫す。総督の馮侍郎は苛刻を以て衆の心を失う。会々諸軍は侍郎に詣りて糧を請うも、従われず、且つ之を鞭たんとす。衆は遂に憤り、轟然として面罵し、因りて帥府を囲む。公は時に病を以て告ぐ。諸属は奔竄し、泣きて公に告ぐ。公曰く、「吾は在り、恐るる勿れ」と。即ち便服して出で、院門に坐し、諸把総官を召して陽って罵りて曰く、「是れ若が輩の剥削の過ちなり。然らずんば、諸軍は豈に自愛せずして此に至らんや」と。痛く鞭たんと欲す。軍士は公の罪を若に委ねざるを聞き、気は已に平らぐ。乃ち擁して跪きて前み、諸把総の為に請いて曰く、「若が輩の罪に非ず、乃ち総制者が利を罔りて我が衆を恤まざるのみ」と。公は従容として為に利害を陳ぶ。衆は囂しく曰く、「公は我を生かす」と。始めて解散し去れり。
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