智囊 / 威克・張詠・柳仲途
張詠少學劍,客長安旅次,聞鄰家夜哭。叩其故,此人遊宦遠郡,嘗私用官錢,為僕夫所持,強要其長女為妻。詠明日至其門,陽假僕往探一親。僕遲遲,強之而去。導馬出城,至林麓中,即疏其罪。僕倉惶間,詠以袖椎揮之,墜崖而死。歸曰:「盛價已不復來矣,速歸汝鄉,後當謹於事也。」柳仲途赴舉時,宿驛中,夜聞婦人哭聲,乃臨淮令之女。令在任貪墨,委一僕主獻納,及代還,為僕所持,逼娶其女。柳訪知之,明日謁令,假此僕一日。僕至柳室,即令往市酒果。夜闌,呼僕叱問,即奮匕首殺而烹之。翌日,召令及同舍飲,云「共食衛肉」。飲散亟行,令追謝,問僕安在,曰:「適共食者是也。」〔馮述評〕亦智亦俠,絕似《水滸傳》中奇事。
新字:張詠少学剣,客長安旅次,聞鄰家夜哭。叩其故,此人遊宦遠郡,嘗私用官銭,為僕夫所持,強要其長女為妻。詠明日至其門,陽仮僕往探一親。僕遅遅,強之而去。導馬出城,至林麓中,即疏其罪。僕倉惶間,詠以袖椎揮之,墜崖而死。帰曰:「盛価已不復来矣,速帰汝郷,後当謹於事也。」柳仲途赴舉時,宿駅中,夜聞婦人哭声,乃臨淮令之女。令在任貪墨,委一僕主献納,及代還,為僕所持,逼娶其女。柳訪知之,明日謁令,仮此僕一日。僕至柳室,即令往市酒果。夜闌,呼僕叱問,即奮匕首殺而烹之。翌日,召令及同舎飲,云「共食衛肉」。飲散亟行,令追謝,問僕安在,曰:「適共食者是也。」〔馮述評〕亦智亦侠,絶似《水滸伝》中奇事。
書き下し
張詠、少くして剣を学び、長安の旅次に客たりしとき、隣家の夜哭くを聞く。其の故を叩けば、此の人は遠郡に遊宦し、嘗て私かに官銭を用い、僕夫に持たれ、強いて其の長女を要いて妻と為さんとすと。詠は明日其の門に至り、陽わりて僕を仮りて一親を探らんとす。僕は遅遅たるも、之を強いて去る。馬を導いて城を出で、林麓の中に至り、即ち其の罪を疏す。僕は倉惶の間、詠は袖の椎を以て之を揮い、崖に墜ちて死す。帰りて曰く、「盛価は已に復た来たらず。速やかに汝が郷に帰り、後は当に事に謹むべし」と。柳仲途は挙に赴く時、駅中に宿り、夜に婦人の哭声を聞く。乃ち臨淮令の女なり。令は任に在りて貪墨にして、一僕に委ねて献納を主らしめ、代わりて還るに及び、僕に持たれ、其の女を逼りて娶らんとす。柳は訪ね知り、明日令に謁し、此の僕を一日仮らんことを請う。僕、柳の室に至り、即ち令して市に往き酒果を買わしむ。夜闌にして、僕を呼びて叱問し、即ち匕首を奮いて殺し、烹る。翌日、令及び同舎を召して飲み、「共に衛肉を食らう」と云う。飲散じて亟かに行く。令追いて謝し、僕の安くに在るやを問えば、曰く、「適たま共に食らう者是れなり」と。〔馮述評〕亦た智、亦た侠、絶だ『水滸伝』中の奇事に似たり。
現代語訳
張詠は若いころ剣を学び、長安の旅の宿に滞在していたとき、隣の家から夜に泣き声が聞こえた。理由を尋ねると、この家の主人は遠い郡に役人として赴任していたとき、公金を私的に使い、そのことを下男に握られ、強引に長女を妻にしろと迫られているという。張詠は翌日その家を訪れ、下男を借りて親戚を訪ねたいと偽って言った。下男は渋ったが、無理に連れ出した。馬を引いて城を出て、林の麓まで来ると、その罪状を並べ立てた。下男があわてふためく間に、張詠は袖に隠していた鉄槌で打ち、崖から落として死なせた。帰って主人に言った。「盛価(その下男)はもう戻ってきません。すぐに故郷へ帰り、今後は慎重にことを行いなさい」。柳仲途は科挙を受けに行くとき、宿場に泊まり、夜に女の泣き声を聞いた。臨淮県令の娘だった。県令は在任中に貪欲で汚職をし、一人の下男に収納を任せていたが、交代して帰る際、その下男に弱みを握られ、娘を妻に差し出せと迫られていた。柳はそれを聞き知り、翌日県令を訪ね、その下男を一日借りたいと頼んだ。下男は柳の部屋に来ると、すぐに市に酒や果物を買いに行かせた。夜が更けてから、下男を呼んで叱りつけ、短刀で殺して煮た。翌日、県令と同宿の者を招いて飲み、「みなで衛の肉を食べよう」と言った。宴が終わると急いで出発した。県令が追いかけて礼を述べ、下男はどこにいるのかと尋ねると、「先ほど共に食べたのがそれだ」と答えた。〔馮夢龍の評〕智もあり侠気もある。『水滸伝』の奇談によく似ている。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』威克・張詠・柳仲途張詠、未だ第せざる時、嘗て蕩陰に遊ぶ。県令は餽るに束帛と万銭を以てす。詠は即ち之を負いて帰る。或るひと謂う、「此れより去らば夜に遇わん。坡沢は深奥にして、人煙は疏闊なり。徒伴の偕に行くを俟つべし」と。詠曰く、「秋暮れぬ。親は老いて未だ衣を授けず」と。但だ一短剣を捽みて去る。行くこと三十余里、止だ一孤店あり、唯だ一翁と二子のみ。夜始めて分かち、其の子は呼びて曰く、「雞已に鳴けり。秀才は去るべし」と。詠は答えず、即ち戸を推す。詠は先に牀を以て左扉を拒ぎ、手を以て右扉を拒ぐ。其の子は既に呼びて応ぜざれば、即ち闥を排す。詠は忽ち退き立つ。其の子は身を閃かして入る。詠は其の首を斬りて之を斃す。少時にして次子又た至り、前の如くし、復た之を殺す。詠は剣を持ちて翁を視るに、翁は方に火を燎きて痒を爬く。復た其の首を断つ。老幼数人、並びに室に命を終え、乃ち火を縦つ。行くこと二十余里にして始めて曉け、後より来る者相い告げて曰く、「前の店、失火し、挙家焚かれたり」と。事は亦た奇なり、因りて之を附す。
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『智囊』通簡・張詠張忠定は益州に知たり。民に訴うる有り、主帥の帳下の卒、勢いを恃みて民財を嚇し取ると。其の人は聞き知り、城を縋りて夜に遁る。詠は衙役を差して往き捕えしめ、戒めて曰く、「爾が生け擒えれば、則ち渾衣して井中に撲入し、逃走して井に投ずるとして申し来れ」と。是の時、群党は訩訩たり、自ら井に投ずと聞き、故に他の説無し。又た主帥と協わざるの名を免る。〔馮按〕忠定は耳目を人に専ら委ねず、民間の事を採訪して悉く其の実を得たり。李畋が其の旨を問うに、公曰く、「彼には好悪有り、我が聡明を乱す。但だ各おの其の党に於いて、之を詢り又た詢る。君子に詢れば君子を得、小人に詢れば小人を得。隠匿する者有りと雖も、十に八九を得ん」と。子猶曰く、「張公は当に是れ絶世の聡明の漢なるべし」と。
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『宋名臣言行録』前集巻三・張詠公、少くして劍を學び、竒節を為すを樂しむ。士人の遠郡に遊宦する有り。僕夫の為に其の不法の事を持たれて之を恐れられ、且つ其の女を妻と為さんことを欲せらる。即ち止む。歳乆しくして益々恣横にして制す可からず。詠、傳舍に寓し、其の事を知る。即ち陽りて此の僕を假りて馭と為し、單騎して城を出で、林麓の中に至りて之を斬りて還る。
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『智囊』威克・呂公弼・張詠公弼は夷簡の子。其の成都を治むるに、治は寛を尚び、人は其の威断少なきを嫌う。適たま営卒の法を犯す有り、杖に当たるに、扞ぎて受けず、曰く、「寧ろ剣を以て死せん」と。公弼曰く、「杖は国法なり、剣は自ら請う者なり」と。為に杖して後に之を斬る。軍府は粛然たり。張詠、崇陽に在りし時、一吏の庫中より出ずる有り、其の鬢旁を視れば下に一銭有り、之を詰めれば、乃ち庫中の銭なり。詠命じて之を杖す。吏勃然として曰く、「一銭何ぞ道うに足らん、乃ち我を杖するか。爾は能く我を杖するとも、我を斬ること能わざるなり」と。詠は筆判して云う、「一日に一銭、千日に千銭。縄も木を断ち、水滴も石を穿つ」と。自ら剣を仗りて階を下り、其の首を斬る。府に申して自ら劾す。崇陽の人は今に至るまで之を伝う。詠、益州に知たりし時、嘗て小吏の詠に忤う有り、詠は其の頸に械す。吏恚りて曰く、「枷は即ち易く、脱するは即ち難し」と。詠曰く、「脱するも亦た何ぞ難からん」と。即ち枷に就きて之を斬る。吏は倶に悚懼す。〔馮評〕若し此等の胆決無くんば、強横の小人、何の至らざる所あらん。賊に耕牛を殺して逃亡する者有り、公自首を許す。其の母を拘して、十日出でず、之を釈す。再び其の妻を拘せば、一宿して来たる。公断じて曰く、「母を拘すること十夜、妻を留むること一宿。門に倚りて望むは何ぞ疏く、結髪の情は何ぞ厚きや」と。市に就きて之を斬る。是に於いて自首する者継ぎて至り、並びに遣わして業に帰らしむ。
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『智囊』得情・何武・張詠漢の沛郡に富翁有り。家資は二十余万、子の才は年三歳にして、其の母を失う。女有りて人に適ぐも、甚だ賢からず。翁の病困するや、遺書を為り、悉く財を以て女に属し、但だ一剣を遺して云う、「児の年十五にして、以て付し還せ」と。其の後、又た剣を与えず。児は郡に詣りて陳訴す。太守何武、女及び婿を録し、其の手書を省み、顧みて掾吏に謂いて曰く、「此の人は女の性は強梁にして、婿は復た貪鄙なるに因り、其の児を残害せんことを畏る。又た小児の此の財を得るも全く護る能わざるを計り、故に且く女に与え、実は之を守るのみ。夫れ剣とは、決断する所以なり。年十五と限るは、其の子の智力の以て自ら居るに足るを度り、又た此の女の必ず復た其の剣を還さざるを度り、当に州県に関して申転を得べしとなり。其の思慮の深遠なること是の如きかな」と。悉く奪いて財を児に与う。曰く、「敝女悪婿は、温飽十年、亦た已に幸いなり」と。論者大いに服す。張詠、杭州に知たり。杭に富民有り、病みて将に死せんとす。其の子は三歳。富民は其の婿に命じて家貲を主らしめ、而して遺すに書を以て曰く、「他日財を分かつに、十の三を以て子に、七を婿に与えよ」と。其の後、子は之を官に訟う。婿は父の書を持ちて府に詣る。詠、之を閲し、酒を以て地に酬いて曰く、「汝の婦翁は智人なり。時に子幼し、故に子を以て汝に属す。然らずんば、子は汝の手に死せん」と。乃ち命じて三分して其の財を婿に与え、子には七を与う。
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『智囊』詰奸・張小舍相伝う、維亭の張小舎は善く盗を察す。偶たま市中を行くとき、一人の衣冠甚だ整える者の、荷草する者に遇い、数茎を捋取するを見る。因りて廁に如く。張、其の出づるを俟ち、後ろより之を叱す。其の人惶懼す。之を鞫すれば、盗なり。又嘗て暑月に一古廟の中に遊ぶとき、三四輩の席地に鼾睡する有り。傍らに西瓜の劈きて未だ食せざる有り。張も亦た指して盗と為して之を擒う。果たして然り。或ひと其の術を叩く。張曰く、「廁に入りて草を用うるは、此れ無頼の小人なり。其の衣冠は必ず盗み来たれるなり。古廟に群れ睡るは、夜に労して昼に倦めばなり。西瓜を劈くは、以て蠅を辟くるなり」と。時の人之が語を為して曰く、「天も怕れず、地も怕れず、只だ維亭の張小舎を怕る」と。後に瞽丐に途に遇い、疑いて之を跡う。其の溝を跨ぎて過ぐるを見て、擒う。果たして盗魁なり。其の瞽は則ち偽りなり。重賂を請うて免れんとし、某日を期するも、期を過ぎて至らず。久しくして、張、復た途に遇い、責むるに約に渝ることを以てす。盗曰く、「已に臥牀の左足に輸せり。但だ夜に至り、敢えて寢を驚かさざるのみ」と。張猶お信ぜず、曰く、「何を以て徴と為すか」と。盗即ち是の夜の其の夫婦の私語を述ぶ。張始めて大いに駭く。帰りて牀足を視れば、物の係かる有り、許す所の数の如し。兼ねて一利刃を得たり。悚然として曰く、「危うきかな」と。自後、盗を察すること頗る疎なり。〔馮評〕小舎は智なり。此の盗も亦た智なり。小舎、先に盗を察するは、智なり。後に盗を察すること疎なるは、更に智なり。
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