智囊 / 狡黠・徐溫・荀伯玉
初,張顥與徐溫謀弒其節度使楊渥。溫曰:「參用左右牙兵,必不一,不若獨用吾兵。」顥不可。溫曰:「然則獨用公兵。」顥從之,後窮治逆黨,皆左牙兵,由是人以溫為實不知謀。或言蕭道成有異相。宋主疑之,徵為黃門侍郎。道成無計得留。荀伯玉教其遣騎入魏境,魏果遣游騎行境上,宋主聞而懼,乃使道成複本任。
新字:初,張顥与徐温謀弒其節度使楊渥。温曰:「参用左右牙兵,必不一,不若独用吾兵。」顥不可。温曰:「然則独用公兵。」顥従之,後窮治逆党,皆左牙兵,由是人以温為実不知謀。或言蕭道成有異相。宋主疑之,徴為黄門侍郎。道成無計得留。荀伯玉教其遣騎入魏境,魏果遣游騎行境上,宋主聞而懼,乃使道成複本任。
書き下し
初め、張顥は徐温と謀りて其の節度使楊渥を弑せんとす。温曰く、「左右の牙兵を参用すれば、必ず一ならず。独り吾が兵を用いるに如かず」と。顥は可とせず。温曰く、「然らば則ち独り公の兵を用いん」と。顥は之に従う。後に逆党を窮治するに、皆左牙兵なり。是に由りて人は温を以て実は謀を知らずと為す。或いは言う、蕭道成に異相有りと。宋主は之を疑い、徴して黄門侍郎と為す。道成は留まるを得るの計無し。荀伯玉は其の騎を魏の境に遣わしめんことを教う。魏は果たして游騎を遣わして境上を行かしむ。宋主は聞きて懼れ、乃ち道成をして本任に復せしむ。
現代語訳
はじめ、張顥は徐温と謀って、その節度使の楊渥を殺そうとした。徐温は言った。「左右の牙兵を混ぜて使えば、きっと心が一つにならない。私の兵だけを用いるのがよい」。張顥は同意しなかった。徐温は言った。「それなら、あなたの兵だけを用いよう」。張顥はこれに従った。のちに反逆者の仲間を厳しく調べると、みな左の牙兵だった。このことで、人々は徐温が実は謀略を知らなかったのだと思った。ある人が、蕭道成には非凡な人相があると言った。宋の君主はこれを疑い、呼び寄せて黄門侍郎にした。道成には留まるための策がなかった。荀伯玉は、道成の騎兵を魏の国境へ向かわせるよう教えた。魏はやはり偵察の騎兵を送って国境を巡らせた。宋の君主はそれを聞いて恐れ、道成を元の任地に戻した。
解説
この章句が説くこと
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