智囊 / 剖疑・張說・李泌
說有材辯,能斷大義。景雲初,帝謂侍臣曰:「術家言五日內有急兵入宮,奈何?」左右莫對,說進曰:「此讒人謀動東宮耳。陛下若以太子監國,則名分定,奸膽破,蜚語塞矣。」帝如其言,議遂息。德宗貞元中,張延賞在西川,與東川節度使李叔明有隙。上入駱谷,值霖雨,道路險滑,衛士多亡歸朱泚。叔明子升等六人,恐有奸人危乘輿,相與齧臂為盟,更控上馬,以至梁州。及還長安,上皆為禁衛將軍,寵遇甚厚。張延賞知升出入郜國大長公主第,密以白上。上謂李泌曰:「郜國已老,升年少,何為如是?」泌曰:「此必有欲動搖東宮者,誰為陛下言此?」上曰:「卿勿問,第為朕察之。」泌曰:「必延賞也。」上曰:「何以知之?」泌具言二人之隙,且曰:「升承恩顧,典禁兵,延賞無心中傷;而郜國乃太子蕭妃之母,故欲以此陷之耳。」上笑曰:「是也。」
新字:説有材弁,能断大義。景雲初,帝謂侍臣曰:「術家言五日内有急兵入宮,奈何?」左右莫対,説進曰:「此讒人謀動東宮耳。陛下若以太子監国,則名分定,奸胆破,蜚語塞矣。」帝如其言,議遂息。徳宗貞元中,張延賞在西川,与東川節度使李叔明有隙。上入駱谷,値霖雨,道路険滑,衛士多亡帰朱泚。叔明子升等六人,恐有奸人危乗輿,相与齧臂為盟,更控上馬,以至梁州。及還長安,上皆為禁衛将軍,寵遇甚厚。張延賞知升出入郜国大長公主第,密以白上。上謂李泌曰:「郜国已老,升年少,何為如是?」泌曰:「此必有欲動揺東宮者,誰為陛下言此?」上曰:「卿勿問,第為朕察之。」泌曰:「必延賞也。」上曰:「何以知之?」泌具言二人之隙,且曰:「升承恩顧,典禁兵,延賞無心中傷;而郜国乃太子蕭妃之母,故欲以此陥之耳。」上笑曰:「是也。」
書き下し
説、材弁有り、能く大義を断ず。景雲の初め、帝、侍臣に謂いて曰く、「術家の言に、五日の内に急兵の宮に入る有らん、と。奈何せん」と。左右、対うる莫し。説、進みて曰く、「此れ讒人の東宮を動かさんと謀るのみ。陛下、若し太子を以て監国せしめば、則ち名分定まり、奸胆破れ、蜚語塞がらん」と。帝、其の言の如くし、議、遂に息む。徳宗の貞元中、張延賞、西川に在り、東川節度使李叔明と隙有り。上、駱谷に入り、霖雨に値い、道路険滑にして、衛士の多く亡げて朱泚に帰す。叔明の子升ら六人、奸人の乗輿を危うくせんことを恐れ、相与に臂を齧みて盟い、更ごも上の馬を控えて以て梁州に至る。長安に還るに及び、上、皆な禁衛将軍と為し、寵遇甚だ厚し。張延賞、升の郜国大長公主の第に出入するを知り、密かに以て上に白す。上、李泌に謂いて曰く、「郜国は已に老い、升は年少なり。何為れぞ是くの如きか」と。泌曰く、「此れ必ず東宮を動揺せんと欲する者有らん。誰か陛下の為に此れを言うか」と。上曰く、「卿、問うこと勿れ。第だ朕の為に之を察せよ」と。泌曰く、「必ず延賞ならん」と。上曰く、「何を以て之を知るか」と。泌、具さに二人の隙を言い、且つ曰く、「升は恩顧を承け、禁兵を典る。延賞、心中傷するに無きも、郜国は乃ち太子の蕭妃の母なり。故に此れを以て之を陥れんと欲するのみ」と。上、笑いて曰く、「是なり」と。
現代語訳
張説には才能と弁舌があり、大きな筋道を判断することができた。景雲の初め、帝は側近に言った。「占い師が、五日のうちに急変の兵が宮中に入ると言っている。どうすればよいか」。側近たちは答えなかった。説は進み出て言った。「これは讒言する者が東宮(太子)を動かそうとたくらんだものにすぎません。陛下がもし太子に国政を監督させれば、名分が定まり、悪だくみの胆は砕け、流言はふさがります」。帝はその言葉どおりにし、騒ぎは収まった。徳宗の貞元年間、張延賞は西川にいて、東川節度使の李叔明と仲が悪かった。徳宗が駱谷に入ったとき、長雨にあい、道は険しく滑りやすく、護衛の兵の多くが逃げて朱泚に帰した。叔明の子の升ら六人は、悪人が天子の車を危うくするのを恐れ、互いに腕を噛んで誓い、交代で天子の馬を引いて梁州に着いた。長安に戻ると、天子は彼らをみな禁衛将軍とし、厚く遇した。張延賞は、升が郜国大長公主の屋敷に出入りしていることを知り、ひそかに天子に告げた。天子は李泌に言った。「郜国はすでに老いており、升は若い。どうしてこんなことになるのか」。泌は言った。「これはきっと、東宮を揺さぶろうとする者がいるのでしょう。誰が陛下にこれを申し上げましたか」。天子は「卿は聞くな。ただ朕のために調べてくれ」と言った。泌は「必ず延賞でしょう」と言った。天子は「どうしてそれが分かるか」と問うた。泌は二人の不仲を詳しく述べ、さらに言った。「升は恩顧を受けて禁兵を預かっています。延賞は升を傷つける意図はなく、郜国が太子の妃蕭氏の母であるために、このことで太子を陥れようとしているだけです」。天子は笑って言った。「そのとおりだ」。
解説
この章句が説くこと
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