智囊 / 威克・溫造
憲宗時,戎羯亂華,詔下南梁起甲士五千人,令赴闕下。將起,師人作叛,逐其帥,因團集拒命歲餘。憲宗深以為患,京兆尹溫造請以單騎往。至其界,梁人見止一儒生,皆相賀無患。及至,但宣召敕安存,一無所問。然梁師負過,出入者皆不捨器杖,溫亦不誡之。他日球場中設樂,三軍並赴。令於長廊下就食,坐宴前臨階南北兩行,設長索二條,令軍人各於向前索上掛其刀劍而食。酒至,鼓噪一聲,兩頭齊力抨舉其索,則刀劍去地三丈餘矣。軍人大亂,無以施其勇,然後合戶而斬之。南梁人自爾累世不復叛。
新字:憲宗時,戎羯乱華,詔下南梁起甲士五千人,令赴闕下。将起,師人作叛,逐其帥,因団集拒命歳余。憲宗深以為患,京兆尹温造請以単騎往。至其界,梁人見止一儒生,皆相賀無患。及至,但宣召勅安存,一無所問。然梁師負過,出入者皆不捨器杖,温亦不誡之。他日球場中設楽,三軍並赴。令於長廊下就食,坐宴前臨階南北両行,設長索二条,令軍人各於向前索上掛其刀剣而食。酒至,鼓噪一声,両頭斉力抨舉其索,則刀剣去地三丈余矣。軍人大乱,無以施其勇,然後合戸而斬之。南梁人自爾累世不復叛。
書き下し
憲宗の時、戎羯華を乱す。詔して南梁に下し、甲士五千人を起こして闕下に赴かしむ。将に起たんとして、師人叛を作し、其の帥を逐い、因りて団集して命を拒むこと歳余。憲宗深く以て患いと為し、京兆尹の温造、単騎にて往かんことを請う。其の界に至るや、梁人は止だ一儒生なるを見て、皆な相い賀して患い無しとす。至るに及び、但だ敕を宣べ安存するのみにして、一も問う所無し。然れども梁師は過ちを負い、出入する者は皆な器杖を捨てず、温も亦た之を誡めず。他日、球場の中に楽を設け、三軍並びに赴く。長廊下に於いて就き食せしめ、坐宴の前、階に臨みて南北二行、長索二条を設け、軍人をして各おの向前の索の上に其の刀剣を掛けて食せしむ。酒至るや、鼓噪一声、両頭より力を斉しくして其の索を抨げ挙げれば、則ち刀剣は地を去ること三丈余。軍人大いに乱れ、其の勇を施す無し。然る後に戸を合わせて之を斬る。南梁の人、爾自り累世復た叛かず。
現代語訳
憲宗の時代、異民族が中国を乱した。詔が南梁に下り、甲冑の兵五千人を徴発して都へ向かわせることになった。出発しようとしたところ、兵士たちが反乱を起こして将軍を追い出し、集団で命令に逆らうこと一年余りに及んだ。憲宗はこれを深く憂え、京兆尹の温造が、単騎で出向くと願い出た。国境に着くと、南梁の人々は、来たのがたった一人の書生であるのを見て、皆で喜び合って心配はないと思った。温造は着くと、ただ勅命を伝えて安心させるだけで、何一つ問いただすことをしなかった。梁の兵たちは罪を負った後ろめたさから、出入りする者は皆、武器を手放さなかったが、温造もそれを咎めなかった。別の日、球場に楽団を設けて宴を開き、全軍が集まった。長い廊下で食事をさせることにし、座席の前、階段に面した南北二列に長い縄を二本張り、兵たちにそれぞれ前の縄に刀や剣を掛けて食事させた。酒が回ったころ、鼓の一声とともに、両端から力を合わせてその縄を引き上げると、刀剣は地面から三丈余りの高さに上がってしまった。兵たちは大いに乱れ、勇を振るうこともできない。そこで扉を閉ざし、全員を斬った。南梁の人々はそれ以来、何代にもわたって二度と背かなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」
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史記 循吏列伝楚の民の俗庳車を好む、王以為へらく庳車は馬に便ならずと、令を下して之を高くせしめんと欲す。相曰く、「令数々下れば、民従ふ所を知らず、不可なり。王必ず車を高くせんと欲せば、臣請ふ閭里に教へて其の梱を高くせしめん。車に乗る者は皆君子なり、君子は数々車を下ること能はず」と。王之を許す。居ること半歳にして、民悉く自ら其の車を高くす。此れ教へずして民其の化に従ひ、近き者は視て之に效ひ、遠き者は四面より望みて之に法るなり。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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『新論』守禦或ひと曰く、運用の妙は一心に存す。小船と雖も亦た用ひて以て勝ちを制すべからざる莫し、と。其の言固より是なり。然れども此れ天下の将校をして悉く妙処を暁らしめ、而して其の長技も亦た皆一途に出でしめば則ち可なり。然らずんば則ち脆小の船を以て、堅実高大の舶に当たるは、天下の将校をして悉く勝ちを制するを得しむる所以に非ず。而して人の才能も、亦た各々長ずる所を殊にす。将た安んぞ能く世に巨艦を用ふるに長ずる者無きを保たんや。且つ古より小船を以て巨艦を制する者は、多く港嶴狭隘の処に在り。若し其れ大洋に在らば、則ち螻蟻の鯨鯢に付くが如く、鰭鬣旋転して、一碾すれば輙ち沈没し、其の翼を張りて相囲むは、羊兎の巨蟒に遇ふが如く、頭尾繚繞して、一嗑すれば立ちどころに尽く。是れ皆勇怯巧拙の然く殊なるに非ずして、船制の之をして然らしむるなり。則ち巨艦の利、其れ廃すべけんや。
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