智囊 / 靈變・曹瑋・張濬
曹武穆瑋知渭州,號令明肅,西人憚之。一日方召諸將飲,會有叛卒數千亡奔賊境,候騎報至,諸將相視失色。公言笑如平時,徐謂騎曰:「吾命也,汝勿顯言。」西人聞,以為襲己,盡殺之。統制酈瓊縛呂祉,叛歸劉豫。張魏公方宴,僚佐報至,滿座失色,公色不變,樂飲至夜,乃為蠟書,遣死士持遣瓊,言「事可成,成之;不可成,速全軍以歸。」虜得書,疑瓊,分隸其眾困苦之,邊賴以安。〔述評〕此即馮睢殺宮他之智。西周宮他亡之東周,盡以國情輸之。西周君大怒,馮睢曰:「臣能殺他。」君予金三十斤,睢使人操金與書問遺宮他云云。東周君殺宮他。
新字:曹武穆瑋知渭州,号令明粛,西人憚之。一日方召諸将飲,会有叛卒数千亡奔賊境,候騎報至,諸将相視失色。公言笑如平時,徐謂騎曰:「吾命也,汝勿顕言。」西人聞,以為襲己,尽殺之。統制酈瓊縛呂祉,叛帰劉予。張魏公方宴,僚佐報至,満座失色,公色不変,楽飲至夜,乃為蝋書,遣死士持遣瓊,言「事可成,成之;不可成,速全軍以帰。」虜得書,疑瓊,分隸其衆困苦之,辺頼以安。〔述評〕此即馮睢殺宮他之智。西周宮他亡之東周,尽以国情輸之。西周君大怒,馮睢曰:「臣能殺他。」君予金三十斤,睢使人操金与書問遺宮他云云。東周君殺宮他。
書き下し
曹武穆瑋は渭州に知たり、号令は明肃にして、西人は之を憚る。一日、方に諸将を召して飲む。会々叛卒数千が賊境に亡奔する有り、候騎報じて至る。諸将は相い視て色を失う。公は言笑すること平時の如く、徐ろに騎に謂いて曰く、「吾が命なり。汝は顕らかに言う勿れ」と。西人は聞き、己を襲うと以為い、盡く之を殺す。統制の酈瓊は呂祉を縛り、叛きて劉豫に帰す。張魏公は方に宴す。僚佐の報至り、満座色を失う。公は色変えず、楽飲して夜に至り、乃ち蠟書を為り、死士を遣わして瓊に持遣せしむ。言う、「事、成るべくんば之を成せ。成るべからずんば、速やかに軍を全うして以て帰れ」と。虜は書を得て、瓊を疑い、その衆を分隷して之を困苦せしめ、辺は賴りて以て安し。〔述評〕此れ即ち馮睢が宮他を殺すの智なり。西周の宮他は東周に亡げ、盡く国情を以て之に輸す。西周君は大いに怒る。馮睢曰く、「臣は能く他を殺さん」と。君は金三十斤を予う。睢は人をして金と書を操りて宮他に問遺せしめ、云云す。東周君は宮他を殺す。
現代語訳
曹武穆、曹瑋は渭州の長官で、号令は明快で厳しく、西夏の人々は彼を恐れていた。ある日、ちょうど諸将を集めて酒宴を開いていた。たまたま数千人の反乱兵が敵の領内に逃げ込んだという報せを、物見の騎兵が持ってきた。諸将は顔を見合わせて青ざめた。公はいつもと変わらず談笑し、おもむろに騎兵に言った。「それは私の命令だ。お前は大きな声で言うな」。西夏の人々はこれを聞いて、自分たちを襲うための策だと思い、反乱兵をことごとく殺した。統制の酈瓊が呂祉を縛り、反乱して劉豫に身を寄せた。張魏公はちょうど宴会の最中だった。部下の報告が届き、座の者はみな青ざめた。公は顔色を変えず、楽しく飲んで夜になり、そこで蝋で封じた書状を作り、決死の使者を遣わして酈瓊に届けさせた。書にはこう書いた。「事が成せるなら成せ。成せないなら、速やかに軍を無傷で連れて戻れ」。金の将は書を手に入れて瓊を疑い、その軍勢を分けて別の部隊に編入し、苦しめた。国境はこれによって安泰となった。〔述評〕これは馮睢が宮他を殺した知恵と同じである。西周の宮他は東周に逃げ込み、西周の国情をすべて東周に漏らした。西周の君は大いに怒った。馮睢は「私が宮他を殺しましょう」と言った。君は金三十斤を与えた。睢は人に金と書状を持たせて宮他に贈らせ、云々とした。東周の君は宮他を殺した。
解説
この章句が説くこと
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