智囊 / 狡黠・陳乞
齊陳乞將立公子陽生,而難高、國,乃偽事之。每朝,必驂乘焉。所從,必言諸大夫曰:「彼皆偃蹇,將棄子之命,其言曰:『高、國得君必逼我,盍去諸?』固將謀子,子早圖之!圖之莫如盡滅之,需事之下也。」及朝,則曰:「彼虎狼也,見我在子之側,殺我無日矣,請就之位。」又謂諸大夫曰:「二子恃得君而欲謀二三子,曰:『國之多難,貴寵之由。盡去之而後君定。』既成謀矣,盍及其未作也先諸?作而後悔,亦無及也!」大夫從之。夏六月,陳乞及諸大夫以甲入於公宮。國夏聞之,與高張乘如公,戰敗奔魯。初,景公愛少子荼,謀於陳乞,欲立之。陳乞曰:「所樂乎為君者,廢興由我故也。君欲立荼,則臣請立之。」陽生謂陳乞曰:「吾聞子蓋將不立我也?」
新字:斉陳乞将立公子陽生,而難高、国,乃偽事之。毎朝,必驂乗焉。所従,必言諸大夫曰:「彼皆偃蹇,将棄子之命,其言曰:『高、国得君必逼我,盍去諸?』固将謀子,子早図之!図之莫如尽滅之,需事之下也。」及朝,則曰:「彼虎狼也,見我在子之側,殺我無日矣,請就之位。」又謂諸大夫曰:「二子恃得君而欲謀二三子,曰:『国之多難,貴寵之由。尽去之而後君定。』既成謀矣,盍及其未作也先諸?作而後悔,亦無及也!」大夫従之。夏六月,陳乞及諸大夫以甲入於公宮。国夏聞之,与高張乗如公,戦敗奔魯。初,景公愛少子荼,謀於陳乞,欲立之。陳乞曰:「所楽乎為君者,廃興由我故也。君欲立荼,則臣請立之。」陽生謂陳乞曰:「吾聞子蓋将不立我也?」
書き下し
斉の陳乞は、将に公子陽生を立てんとして、高・国を難しとし、乃ち偽りて之に事う。朝する毎に必ず驂乗す。従う所、必ず諸大夫に言いて曰く、「彼は皆偃蹇として、将に子の命を棄てんとす。其の言に曰く、『高・国、君を得れば必ず我を逼らん。盍ぞ諸を去らざる』と。固より将に子を謀らんとす、子早く之を図れ。之を図るは尽く之を滅ぼすに如くは莫し。事を需つは下なり」と。朝に及びては、則ち曰く、「彼は虎狼なり。我の子の側に在るを見れば、我を殺すこと日無からん。請う、位に就かん」と。又た諸大夫に謂いて曰く、「二子は君を得るを恃みて二三子を謀らんと欲す。曰く、『国の難多きは、貴寵の由なり。尽く之を去りて後に君定まる』と。既に謀を成す。盍ぞ其の未だ作らざるに及びて先んぜざる。作して後に悔ゆとも、亦た及ぶ無し」と。大夫之に従う。夏六月、陳乞及び諸大夫は甲を以て公宮に入る。国夏は之を聞き、高張と乗りて公に如き、戦いて敗れ魯に奔る。初め、景公は少子荼を愛し、陳乞に謀りて之を立てんと欲す。陳乞曰く、「君と為るを楽しむ所の者は、廃興我に由るが故なり。君、荼を立てんと欲せば、則ち臣請う之を立てん」と。陽生、陳乞に謂いて曰く、「吾聞く、子は蓋し将に我を立てざらんとするか」と。
現代語訳
斉の陳乞は、公子陽生を擁立しようとしたが、高氏と国氏が障害だったので、わざと彼らに仕えるふりをした。朝廷に出るたびに必ず同じ車に乗った。行く先々で必ず諸大夫に言った。「あの人たちはみな傲慢で、あなたがたの命令を捨てようとしている。こう言っています。『高氏と国氏が君主を得たら、必ず我々を圧迫する。どうして彼らを取り除かないのか』。もともとあなたがたを謀ろうとしているのです。早く対処なさい。対処するには皆殺しにするのがいちばんです。事態を待つのは下策です」。朝廷に出ると、今度は高・国に言った。「あの人たちは虎や狼です。私があなたがたのそばにいるのを見たら、私を殺すのはまもなくでしょう。どうか私は席につかせてください」。さらに諸大夫に言った。「二人は君主を得たのをいいことに、あなたがたを謀ろうとしています。彼らは言っています。『国に難事が多いのは、貴族の寵愛を受ける者のせいだ。みな除いたあとで君主の地位は安定する』と。すでに謀略はできあがっています。まだ動き出さないうちに先手を打ってはどうでしょうか。動き出してから後悔しても、間に合いません」。大夫たちはこれに従った。夏の六月、陳乞と諸大夫は武装して公宮に入った。国夏はこれを聞き、高張とともに車に乗って君主のもとへ行き、戦って敗れ、魯に逃げた。はじめ、景公は末子の荼を愛し、陳乞に相談して立てようとした。陳乞は言った。「君主となることを楽しむ理由は、廃立を思いのままにできるからです。あなたが荼を立てたいというなら、私はそれを立てましょう」。陽生は陳乞に言った。「聞くところでは、あなたは私を立てないつもりらしいが」。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』八姦第九人臣為る者は諸侯の辯士を求め、国中の能く説く者を養ひ、之をして以て其の私を語らしむ。巧文の言、流行の辞を為し、之に示すに利勢を以てし、之を懼れしむるに患害を以てし、虚辞を施属して以て其の主を壊る、此を之れ流行と謂ふ。七に曰く威強。何をか威強と謂ふ。
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『春秋左氏伝』定公十年 駟赤、郈を取る克たず。秋、二子、齊の師と復た郈を圍む。克たず。叔孫、郈の工師駟赤に謂ひて曰く、「郈は唯だ叔孫氏の憂ひのみに非ず、社稷の患ひなり。將に之を若何せんとす」と。對へて曰く、「臣の業は、揚水の卒章の四言に在り」と。叔孫、稽首す。駟赤、侯犯に謂ひて曰く、「齊・魯の際に居りて事ふる無きは、必ず不可なり。子、盍ぞ事を齊に求めて以て民に臨まざる。然らずんば、將に叛かれんとす」と。侯犯、之に從ふ。齊の使至る。駟赤、郈人と之が為に郈中に宣言して曰く、「侯犯、將に郈を以て齊に易へんとす。齊人、將に郈の民を遷さんとす」と。眾、兇懼す。駟赤、侯犯に謂ひて曰く、「眾の言異なれり。子、齊に易ふるに如かず。其の死せんよりは、猶ほ是れ郈なり、而して紓ぶるを得ん。何ぞ必ずしも此ならん。齊人は此を以て魯に偪らんと欲す。必ず倍して子に地を與へん。且つ盍ぞ多く甲を子の門に舍きて、以て不虞に備へざる」と。侯犯曰く、「諾」と。乃ち多く甲を焉に舍く。侯犯、齊に易へんことを請ふ。齊の有司、郈を觀て將に至らんとす。駟赤、人をして周く走りて呼ばしめて曰く、「齊の師至れり」と。郈人大いに駭き、侯犯の門の甲を介して、以て侯犯を圍む。
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『韓非子』備內第十七大臣比周し、上を蔽いて一と為り、陰に相善くして陽に相惡み、以て私無きを示し、耳目を相為して、以て主の隙を候う。
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