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智囊 / 雄略・紅拂女

乃雄服乘馬,排闥而去,將歸太原。行次靈石旅舍,既設牀,爐中烹肉且熟。張氏以發長委地,立梳牀前;靖方刷馬,忽有一客,中形,赤髯如虯,策蹇驢而來,投革囊於驢前,取枕欹臥,看張氏梳頭。靖怒甚,欲發,張熟視客,一手映身搖示靖,令勿怒,急梳畢,斂衽前問其姓,客臥而答之,曰:「姓張。」對曰:「妾亦姓張,合是妹。」遽拜之。問其第幾,曰:「行三。」亦問妹第幾,曰:「最長。」客喜曰:「今日幸逢一妹。」張氏遙呼:「李郎,且來見三兄!」靖驟拜之,遂環坐,問煮何肉,曰:「羊肉,計已熟矣。」客曰飢,靖出市胡餅。客抽腰間匕首,切肉共食,復索酒飲,於是開革囊,取下酒物,乃一人首並心肝,卻頭囊中,以匕首切心肝共食之,曰:「此人乃天下負心者,銜之十年,今始獲之。」又曰:「觀李郎貧士,何以得致異人?」靖不敢隱,具言其由,曰:「然。故知非君所致也,今將何之?」

新字:乃雄服乗馬,排闥而去,将帰太原。行次霊石旅舎,既設牀,炉中烹肉且熟。張氏以発長委地,立梳牀前;靖方刷馬,忽有一客,中形,赤髯如虯,策蹇驢而来,投革嚢於驢前,取枕欹臥,看張氏梳頭。靖怒甚,欲発,張熟視客,一手映身揺示靖,令勿怒,急梳畢,斂衽前問其姓,客臥而答之,曰:「姓張。」対曰:「妾亦姓張,合是妹。」遽拝之。問其第幾,曰:「行三。」亦問妹第幾,曰:「最長。」客喜曰:「今日幸逢一妹。」張氏遥呼:「李郎,且来見三兄!」靖驟拝之,遂環坐,問煮何肉,曰:「羊肉,計已熟矣。」客曰飢,靖出市胡餅。客抽腰間匕首,切肉共食,復索酒飲,於是開革嚢,取下酒物,乃一人首並心肝,却頭嚢中,以匕首切心肝共食之,曰:「此人乃天下負心者,銜之十年,今始獲之。」又曰:「観李郎貧士,何以得致異人?」靖不敢隠,具言其由,曰:「然。故知非君所致也,今将何之?」

書き下し

乃ち雄服して馬に乗り、闥を排して去り、将に太原に帰らんとす。行きて霊石の旅舎に次り、既に牀を設くるに、炉中に肉を烹て且に熟せんとす。張氏は髪の長きこと地に委ぬるを以て、牀前に立ちて梳る。靖は方に馬を刷う。忽ち一客有り、中形にして、赤髯虬の如く、蹇驢に策うちて来たり、革囊を驢の前に投じ、枕を取りて欹臥し、張氏の梳頭を看る。靖は怒ること甚だしく、発せんと欲す。張は熟く客を視、一手もて身に映して靖に揺らし示し、怒る勿からしむ。急ぎ梳り畢わり、衽を斂めて前みて其の姓を問う。客は臥して之に答えて曰く、「姓は張」と。対えて曰く、「妾も亦張を姓とす。合に是れ妹なるべし」と。遽かに之を拝す。其の第幾を問えば、曰く、「行は三」と。亦た妹の第幾を問えば、曰く、「最も長」と。客喜びて曰く、「今日幸いに一妹に逢えり」と。張氏は遥かに呼ぶ、「李郎、且く来たりて三兄に見えよ」と。靖は驟かに之を拝し、遂に環坐す。何の肉を煮るかと問えば、曰く、「羊肉なり。計るに已に熟せん」と。客曰く、「飢えたり」と。靖は出でて胡餅を市う。客は腰間の匕首を抽き、肉を切りて共に食らい、復た酒を索めて飲む。是に於いて革囊を開き、酒の下物を取るに、乃ち一人の首并びに心肝なり。頭を囊中に却け、匕首もて心肝を切りて共に之を食らう。曰く、「此の人は乃ち天下の負心の者なり。之を銜むこと十年、今始めて獲たり」と。又曰く、「李郎の貧士なるを観るに、何を以て異人を致すを得たるか」と。靖は敢えて隠さず、具に其の由を言う。曰く、「然り。故に君の致す所に非ざるを知る。今将に何くに之かんとするか」と。

現代語訳

こうして紅拂女は男の服装に身を整えて馬に乗り、門を押し開けて出て、太原へ帰ろうとした。道中、霊石の旅宿に泊まり、寝台を設けたとき、炉で肉が煮えて、まさに煮上がろうとしていた。張氏は髪が長くて地面に届くほどなので、寝台の前に立って髪をくしけずっていた。李靖はちょうど馬にブラシをかけていた。そこへ突然ひとりの客が現れた。背丈は中くらいで、赤いひげは虬のようにくるりと巻いており、足の悪い驢馬に鞭をあてて来て、革の袋を驢馬の前に投げ出し、枕を取って斜めに寝そべり、張氏が髪を梳くのをじっと眺めた。李靖はひどく怒り、とがめようとした。張氏はその客をじっと見て、片手を後ろに回して李靖に振って見せ、怒らないようにとなだめた。急いで髪を梳き終え、襟を整えて進み出て、客の姓をたずねた。客は寝たまま答えた。「張という」。女は答えた。「私も張を姓としています。それならあなたは兄にあたります」。すぐに拝礼した。客が何番目かをたずねると、「三番目」と言う。客が妹も何番目かとたずねると、「いちばん上」と言う。客は喜んで言った。「今日はうれしいことに一人の妹に会えた」。張氏は遠くから呼んだ。「李郎、こちらへ来て三番目の兄にご挨拶なさい」。李靖は急いで拝礼し、そうして三人で輪になって座った。何の肉を煮ているのかとたずねると、「羊肉です。もう煮えているでしょう」と言った。客は「腹が減った」と言った。李靖は出て行って胡餅を買った。客は腰の匕首を抜いて肉を切り、一緒に食べ、さらに酒を求めて飲んだ。それから革袋を開いて酒の肴を取り出したが、それは一人の人間の首と心臓や肝であった。頭は袋の中に戻し、匕首で心臓と肝を切って一緒に食べた。客は言った。「この男は天下の恩知らずな者だ。十年このかた恨んできたが、いま初めて仕留めた」。さらに言った。「李郎を見ると貧しい士のようだが、どうして並の人でない者を連れて来られたのか」。李靖はあえて隠さず、いきさつを詳しく話した。客は言った。「そうか。だから君が自分の力で連れて来たのではないと分かった。いまはどこへ行くつもりか」。

解説

虬髯客との出会いの場面では、紅拂女の冷静な状況判断が目を引きます。李靖が怒って手を出しかけたとき、彼女は客をよく観察して危険な相手だと見抜き、手振りで夫を制し、自ら姓を合わせて兄妹の縁を結んでしまいました。相手の素性が分からない場面で、感情ではなく観察と機転で衝突を避け、味方に変えた点が鮮やかです。管理職にとっては、無礼に見える相手に反射的に反発せず、まず観察してから対応を決めることの重要性を示します。初対面の関係を、敵ではなく縁に変える柔軟さも学べます。

この章句が説くこと

赤髯如虬一手映身合是妹状況判断初対面衝突回避

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