武家家訓集 / 朝倉敏景十七箇条第十三条
一可勝合戰可取城攻等の時、吉日を選び方角を考て、時日を移事甚口惜候、如何に能日なるとて、大風に船を出し、大勢に獨向はゞ不可有其甲斐候、假令難所惡日たりとも、細かに虛實を察て、密々に奇正を整へ、臨機應變して謀を本とせば、必可被得勝利事、
新字:一可勝合戦可取城攻等の時、吉日を選び方角を考て、時日を移事甚口惜候、如何に能日なるとて、大風に船を出し、大勢に独向はゞ不可有其甲斐候、仮令難所悪日たりとも、細かに虚実を察て、密々に奇正を整へ、臨機応変して謀を本とせば、必可被得勝利事、
書き下し
一、勝つべき合戰、取るべき城攻め等の時、吉日を選び方角を考へて、時日を移す事甚だ口惜しく候。如何に能き日なりとて、大風に船を出し、大勢に獨り向かはば其の甲斐有るべからず候。假令難所惡日たりとも、細かに虛實を察して、密々に奇正を整へ、臨機應變して謀を本とせば、必ず勝利を得らるべき事、
現代語訳
勝てるはずの合戦や、攻め取れるはずの城攻めなどのときに、吉日を選び方角を考えて、時日を移してしまうのは、ひどく口惜しい。どれほどよい日だといっても、大風の中に船を出し、大勢に一人で立ち向かうのでは、その甲斐はない。たとえ難所や悪日であっても、細かに虚実(備えの手薄と堅さ)を見極め、ひそかに奇正(奇策と正攻)を整え、臨機応変にはかりごとを根本とすれば、必ず勝利を得られるだろう。
解説
第十三条は、勝てる戦や攻められる城を前に、吉日や方角を占って時を逸することを、悔しいこととして退けます。大風の日に船を出し、大勢に一人で向かうなら、どんな吉日でも甲斐はないと例えます。反対に、難所や悪日であっても、虚実を細かに察し、奇正を整え、臨機応変に謀を根本に置けば必ず勝てると述べます。「虚実」は敵の備えの手薄な所と堅い所、「奇正」は奇策と正攻のことで、兵法でよく使われる語です。縁起や慣例より状況の観察と準備を優先せよという論です。現代でも、日取りや慣行に縛られて好機を逃すより、市場の実態を見て判断する姿勢が問われます。
この章句が説くこと
機を逃さない状況判断臨機応変虚実奇正武家家訓集
関連する章句
-
孟子・盡心章句下齊饑う。陳臻曰く、「國人皆以えらく、夫子將に復た棠を發くことを為さんとす、と。殆ど復びす可からざるか。」孟子曰く、「是れ馮婦を為すなり。晉人に馮婦という者有り。善く虎を搏つ。卒に善士と為る。則ち野に之く。衆虎を逐う有り。虎、嵎を負う。之に敢て攖(せまる)る莫し。馮婦を望見し、趨りて之を迎う。馮婦、臂を攘(はらう)いて車を下る。衆皆之を悅びしも、其の士為る者は之を笑えり。」
-
『韓非子』說林下二十三夫れ一臣を殺して一国を存す、其れ吉と言はざるは何ぞや。且つ死者知無くんば、則ち臣を以て鼓に釁るも益無きなり。死者知有らば、臣将に戦ひに当たるの時、臣鼓をして鳴らざらしめん」と。荊人因りて殺さざるなり。知伯将に仇由を伐たんとして道難くして通ぜず、乃ち大鐘を鋳て仇由の君に遺る。仇由の君大いに説び、道を除きて将に之を内れんとす。赤章曼枝曰く、「不可なり。此れ小の大に事ふる所以なり、而るに今や大以て来る、卒必ず之に随はん、内るべからざるなり」と。仇由の君聴かず、遂に之を内る。赤章曼枝因りて轂を断ちて駆り、斉に至り、七月にして仇由亡ぶ。越已に呉に勝ち、又卒を荊に索めて晋を攻めんとす。左史倚相、荊王に謂ひて曰く、「夫れ越は呉を破りて、豪士死し、鋭卒尽き、大甲傷つく。今又卒を索めて以て晋を攻むるは、我に病まざるを示すなり。師を起こして与に呉を分かつに如かず」と。荊王曰く、「善し」と。因りて師を起こして越に従ふ。越王怒り、将に之を撃たんとす。大夫種曰く、「不可なり。吾が豪士尽き、大甲傷つく。我与に戦はば、必ず克たず。之に賂ふに如かず」と。乃ち露山の陰五百里を割きて以て之に賂ふ。荊、陳を伐ち、呉之を救ふ。軍間三十里。雨ふること十日、夜星あり。左史倚相、子期に謂ひて曰く、「雨ふること十日、甲輯まりて兵聚まる。呉人必ず至らん、之に備ふるに如かず」と。乃ち陳を為す。陳未だ成らざるに呉人至り、荊の陳を見て反る。左史曰く、「呉は反覆六十里、其の君子必ず休み、小人必ず食はん。我三十里を行きて之を撃たば、必ず敗るべきなり」と。乃ち之に従ひ、遂に呉の軍を破る。韓・趙相与に難を為す。韓子、兵を魏に索めて曰く、「願はくは師を借りて以て趙を伐たん」と。魏の文侯曰く、「寡人は趙と兄弟なり、以て従ふべからず」と。趙も又兵を索めて以て韓を攻めんとす。文侯曰く、「寡人は韓と兄弟なり、敢へて従はず」と。二国、兵を得ずして、怒りて反る。
-
孫子・九地篇是の故に散地には則ち戦うこと無かれ、軽地には則ち止まること無かれ、争地には則ち攻むること無かれ、交地には則ち絶つこと無かれ、衢地には則ち交を合わせ、重地には則ち掠め、圮地には則ち行き、囲地には則ち謀り、死地には則ち戦う。
-
孟子・公孫丑章句下孟子、齊に卿為り。出でて滕に弔す。王、蓋の大夫王驩をして輔行為らしむ。王驩、朝暮に見ゆ。齊滕の路を反し、未だ嘗て之と行事を言わざるなり。公孫丑曰く、「齊卿の位は、小と為さず。齊滕の路は、近しと為さず。之を反して未だ嘗て與に行事を言わざるは、何ぞや。」曰く、「夫れ既に之を治むる或り。予何をか言わんや。」
-
孟子・萬章章句下齊の宣王、卿を問う。孟子曰く、「王何の卿を之れ問うや。」王曰く、「卿同じからざるか。」曰く、「同じからず。貴戚の卿有り、異姓の卿有り。」王曰く、「貴戚の卿を請い問う。」曰く、「君に大過有れば則ち諫め、之を反覆して聽かざれば、則ち位を易う。」王勃然として色を變ず。曰く、「王異むこと勿れ。王、臣に問う、臣敢て正を以て對えずんばあらず。」王色定まり、然る後異姓の卿を請い問う。曰く、「君に過ち有れば則ち諫め、之を反覆して聽かざれば、則ち去る。」
-
『智囊』雄略・紅拂女乃ち雄服して馬に乗り、闥を排して去り、将に太原に帰らんとす。行きて霊石の旅舎に次り、既に牀を設くるに、炉中に肉を烹て且に熟せんとす。張氏は髪の長きこと地に委ぬるを以て、牀前に立ちて梳る。靖は方に馬を刷う。忽ち一客有り、中形にして、赤髯虬の如く、蹇驢に策うちて来たり、革囊を驢の前に投じ、枕を取りて欹臥し、張氏の梳頭を看る。靖は怒ること甚だしく、発せんと欲す。張は熟く客を視、一手もて身に映して靖に揺らし示し、怒る勿からしむ。急ぎ梳り畢わり、衽を斂めて前みて其の姓を問う。客は臥して之に答えて曰く、「姓は張」と。対えて曰く、「妾も亦張を姓とす。合に是れ妹なるべし」と。遽かに之を拝す。其の第幾を問えば、曰く、「行は三」と。亦た妹の第幾を問えば、曰く、「最も長」と。客喜びて曰く、「今日幸いに一妹に逢えり」と。張氏は遥かに呼ぶ、「李郎、且く来たりて三兄に見えよ」と。靖は驟かに之を拝し、遂に環坐す。何の肉を煮るかと問えば、曰く、「羊肉なり。計るに已に熟せん」と。客曰く、「飢えたり」と。靖は出でて胡餅を市う。客は腰間の匕首を抽き、肉を切りて共に食らい、復た酒を索めて飲む。是に於いて革囊を開き、酒の下物を取るに、乃ち一人の首并びに心肝なり。頭を囊中に却け、匕首もて心肝を切りて共に之を食らう。曰く、「此の人は乃ち天下の負心の者なり。之を銜むこと十年、今始めて獲たり」と。又曰く、「李郎の貧士なるを観るに、何を以て異人を致すを得たるか」と。靖は敢えて隠さず、具に其の由を言う。曰く、「然り。故に君の致す所に非ざるを知る。今将に何くに之かんとするか」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る