智囊 / 雄略・孟昶妻
孟昶妻周氏,昶弟覬妻,又其從妹也。二家並豐財產。初桓玄嘗推重昶,而劉邁毀之,昶深自惋失。及劉裕將建義,與昶定謀,昶欲盡散財物以充軍糧。其妻非常婦,可語大事,乃謂曰:「劉邁毀我於桓公,便是一生淪陷,決當作賊。卿幸可早爾離絕,脫得富貴,相迎不晚。」周氏曰:「君父母在堂,欲建非常之謀,豈婦人所諫?事之不成,當於奚官中奉養大家,義無歸志也!」昶愴然久之而起,周氏追昶坐云:「觀君舉厝,非謀及婦人者,不過欲得財物耳。」因指懷中所生女曰:「此兒可賣,亦當不惜,況資財乎?」遂傾資給之,而托以他用。及將舉事,周氏謂覬妻云:「吾咋夢殊惡,門內宜浣濯沐浴以除之,且不宜赤色,當悉取作七日藏厭。」覬妻信之,所有絳色者,悉斂以付焉。乃置帳中,潛自剔綿,以絳與昶,遂得數十人被服。赫然,悉周氏所出,而家人不之知也。〔評〕周氏非常婦,其夫猶知之未盡。
新字:孟昶妻周氏,昶弟覬妻,又其従妹也。二家並豊財産。初桓玄嘗推重昶,而劉邁毀之,昶深自惋失。及劉裕将建義,与昶定謀,昶欲尽散財物以充軍糧。其妻非常婦,可語大事,乃謂曰:「劉邁毀我於桓公,便是一生淪陥,決当作賊。卿幸可早爾離絶,脱得富貴,相迎不晩。」周氏曰:「君父母在堂,欲建非常之謀,豈婦人所諫?事之不成,当於奚官中奉養大家,義無帰志也!」昶愴然久之而起,周氏追昶坐云:「観君舉厝,非謀及婦人者,不過欲得財物耳。」因指懐中所生女曰:「此児可売,亦当不惜,況資財乎?」遂傾資給之,而托以他用。及将舉事,周氏謂覬妻云:「吾咋夢殊悪,門内宜浣濯沐浴以除之,且不宜赤色,当悉取作七日蔵厭。」覬妻信之,所有絳色者,悉斂以付焉。乃置帳中,潜自剔綿,以絳与昶,遂得数十人被服。赫然,悉周氏所出,而家人不之知也。〔評〕周氏非常婦,其夫猶知之未尽。
書き下し
孟昶の妻周氏は、昶の弟覬の妻の従妹でもある。二家は並びに財産が豊かであった。はじめ桓玄がかつて昶を推重したが、劉邁がこれを毀り、昶は深く自ら惋失した。劉裕がまさに義を建てようとするとき、昶と謀を定め、昶は財物を尽く散じて軍糧に充てようとした。その妻は常の婦ではなく、大事を語るべきであると思い、そこで言った、「劉邁が我を桓公に毀り、便ち一生淪陥した。決して賊となる。卿は幸いに早く離絶すべきである。富貴を得れば、迎えるのも晩くはない。」周氏は言った、「君の父母は堂におられます。非常の謀を建てようとするのは、どうして婦人の諫める所でしょう。事が成らなければ、奚官の中に大家を奉養し、義として帰る志はありません。」昶は愴然として久しくして起った。周氏は昶を追って坐らせて言った、「君の挙措を観ますと、婦人に謀る人ではありません。財物を得たいだけです。」そこで懐中の生んだ女を指して言った、「この児も売るべきで、また惜しみません。まして資財をや。」遂に資を傾けて給し、他の用に托した。事を挙げようとするに及び、周氏は覬の妻に謂って言った、「昨夜の夢が殊に悪く、門内で洗濯沐浴してこれを除くべきです。また赤色は宜しくありません。悉く取って七日の蔵厭とするべきです。」覬の妻はこれを信じ、あるところの絳色の物をことごとく斂めて付した。そこで帳の中に置き、潜かに自ら綿を剔り、絳を昶に与え、遂に数十人が被服することを得た。赫然として、悉く周氏から出たもので、家人は知らなかった。〔評〕周氏は常の婦ではない。その夫もなお知ること尽くしていなかった。
現代語訳
孟昶の妻の周氏は、昶の弟の覬の妻の従妹でもあった。二つの家はともに財産が豊かだった。もともと桓玄はかつて昶を高く評価していたが、劉邁が彼を中傷し、昶は深く惜しみ恨んでいた。劉裕が義兵を挙げようとして、昶と計画を定め、昶は財物をすべて処分して軍糧に充てようとした。昶は、自分の妻は普通の女ではなく、大事を語れると考え、こう言った。「劉邁が私を桓公に中傷したため、私は一生沈んだままだ。きっと賊になる。お前は幸いなことに、早く私と縁を切るがいい。もし私が富貴を得たら、迎えに来ても遅くはない。」周氏は言った。「あなたの父母はご健在です。非常の謀を起こそうというのは、婦人が止めるべきことではありません。事が成らなければ、私は官婢の中で姑に仕え、嫁として尽くします。離縁して帰る気持ちはありません。」昶は心を痛めてしばらくしてから立ち上がった。周氏は昶を追いかけて座らせて言った。「あなたの様子を見ていると、婦人に相談するつもりはなく、財物がほしいだけなのでしょう。」そこで懐の中の娘を指して言った。「この子も売っていただいて構いません。惜しみません。まして財産など。」そして財産をすべて提供し、他の用途に使うと偽った。挙兵が近づくと、周氏は覬の妻に言った。「昨夜の夢がとても悪く、家の中を洗い清めて厄を除くべきです。また赤い色は不吉です。すべて集めて七日間しまい込んで厄除けにしましょう。」覬の妻はこれを信じ、家にあるすべての赤い色の物を集めて周氏に渡した。周氏はそれを帳の中に置き、こっそり自分で綿を抜いて、赤い布を昶に与え、数十人が着るものとした。赤々とした軍装はすべて周氏から出たもので、家の者は誰も知らなかった。〔評〕周氏は普通の婦人ではない。その夫でさえ、まだ十分には知らなかった。
解説
この章句が説くこと
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