智囊 / 雄略・莒城婦
莒有婦人。莒子殺其夫,已為嫠婦。及老,托於紀鄣。紡焉,以度而去之。及師至,則投諸外,或獻諸子占。子占使師夜縋而登,登者六十人。縋絕,師鼓噪,城上之人亦噪,莒公懼,啟西門而走。〔評〕莒婦之為嫠且老矣,血恨積中,卒以滅國,人亦何可輕殺也!君猶不能得之一嫠婦,一嫠婦猶能報之其君,況他乎?
新字:莒有婦人。莒子殺其夫,已為嫠婦。及老,托於紀鄣。紡焉,以度而去之。及師至,則投諸外,或献諸子占。子占使師夜縋而登,登者六十人。縋絶,師鼓噪,城上之人亦噪,莒公懼,啓西門而走。〔評〕莒婦之為嫠且老矣,血恨積中,卒以滅国,人亦何可軽殺也!君猶不能得之一嫠婦,一嫠婦猶能報之其君,況他乎?
書き下し
莒に婦人があった。莒子がその夫を殺し、すでに嫠婦となった。老いるに及んで、紀鄣に托した。紡ぎ、度をはかって縄を城の外に投じ、これを去った。師が至ると、則ちこれを外に投げた。あるいはこれを子占に献じた。子占は師をして夜に縋って登らせ、登る者は六十人であった。縋が絶え、師が鼓噪すると、城上の人もまた噪ぎ、莒公は懼れ、西門を啓いて走った。〔評〕莒婦は嫠となり且つ老いたが、血恨が中に積み、ついに以て国を滅ぼした。人は何ぞ軽々しく殺してよいか。君ですら一嫠婦を得ることができず、一嫠婦ですらなお其の君に報いることができた。まして他の者はなおさらである。
現代語訳
莒の国に一人の女がいた。莒の君主が彼女の夫を殺したため、彼女は寡婦となった。年老いてから、紀鄣の地に身を寄せた。そこで糸を紡ぎ、城壁の高さに合わせて縄をなって、それを城の外に投げ捨てるようにしておいた。のちに斉の軍が到着すると、その縄を外に垂らした。ある者がこれを将軍の子占に報告した。子占は兵に夜その縄を伝って登らせ、登った者は六十人にのぼった。縄が切れてしまい、軍が鬨の声を上げると、城の上の者もまた騒ぎ立て、莒公は恐れて、西門を開いて逃げ出した。〔評〕莒の婦人は、寡婦となって年老いてからも、血の恨みを心の中に積み、ついに国を滅ぼした。人をどうして軽々しく殺してよいものか。君主でさえこの一人の寡婦を抑え込むことができず、一人の寡婦でさえ君主に報いることができたのである。ましてほかの者はなおさらである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五是に於て燕王因りて国を挙げて之に属す、子之大いに重し。一に曰く、潘寿は、隠者なり。燕人をして之を聘せしむ。潘寿燕王に見えて曰く、「臣子之の益の如くならんことを恐るるなり」と。王曰く、「何の益ぞや」と。対へて曰く、「古者禹死し、将に天下を益に伝へんとす、啓の人因りて相与に益を攻めて啓を立つ。今王子之を信愛し、将に国を子之に伝へんとす、太子の人尽く印を懐き、子之の人為る者一人の朝廷に在る者無し。王不幸にして羣臣を弃てなば、則ち子之も亦益ならん」と。王因りて吏の璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之大いに重し。夫れ人主の鏡照とする所以の者は、諸侯の士徒なり、今諸侯の士徒は皆私門の党なり。人主の自ら浅娋する所以の者は、巌穴の士徒なり、今巌穴の士徒は皆私門の舎人なり。是れ何ぞや。奪褫の資子之に在ればなり。故に呉章曰く、「人主は佯りて人を憎愛せず。佯りて人を愛すれば、復た憎むを得ざるなり。佯りて人を憎めば、復た愛するを得ざるなり」と。一に曰く、燕王国を子之に伝へんと欲するや、之を潘寿に問ふ、対へて曰く、「禹益を愛して天下を益に任じ、已にして啓の人を以て吏と為す。老ゆるに及びて、啓を以て天下に任ずるに足らずと為す、故に天下を益に伝ふ、而して勢重尽く啓に在るなり。已にして啓友党と益を攻めて之が天下を奪ふ、是れ禹名は天下を益に伝へて、実は啓をして自ら之を取らしむるなり。此れ禹の堯・舜に及ばざること明らかなり。今王之を子之に伝へんと欲す、而して吏太子の人に非ざる者無きなり、是れ名は之を伝へて実は太子をして自ら之を取らしむるなり」と。燕王乃ち璽を収め、三百石より以上皆之を子之に効す、子之遂に重し。
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『墨子』尚同中今、王公大人の刑政を為すは則ち此を舉ぐ。政、以て便辟を屬し、父兄故舊に宗りて、以て左右と為し、置きて以て正長と為す。民、上の正長を置くの、正しく以て民を治むるに非ざるを知る。是を以て皆な比周隠匿して、肯えて其の上に尚同すること莫し。是の故に上下、義を同じくせず。若し茍くも上下、義を同じくせざれば、賞譽も以て善を勸むるに足らずして、刑罰も以て暴を沮むるに足らず。
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『韓非子』説疑第四十四従ひて之を罰す。是を以て賢良遂に進みて姦邪並びに退く、故に一挙して能く諸侯を服す。其の記に在りて曰く、堯に丹朱有り、而して舜に商均有り、啓に五観有り、商に太甲有り、武王に管・蔡有り。五王の誅する所の者は、皆父兄子弟の親なり、而して殺して其の身を亡ぼし、其の家を残破する所の者は何ぞや。其の国を害し民を傷つけ法類を敗るを以てなり。其の挙ぐる所を観れば、或いは山林藪沢巌穴の間に在り、或いは囹圄緤紲纏索の中に在り、或いは割烹芻牧飯牛の事に在り。然れども明主は其の卑賤を羞ぢざるなり、其の能の以て法を明らかにし、国を便にし民を利すべきを以て、従ひて之を挙げ、身安く名尊し。乱主は則ち然らず、
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『春秋左氏伝』僖公二十七年 蒍賈、賀さず二十七年春、杞の桓公來朝す。夷禮を用ゐる、故に「子」と曰ふ。公杞を卑しむ、杞共ならざればなり。夏、齊の孝公卒す。齊の怨み有れども、喪紀を廢せず、禮なり。秋、杞に入る、無禮を責むるなり。楚子將に宋を圍まんとし、子文をして兵を睽に治めしむ。終朝にして畢り、一人をも戮せず。子玉復た兵を蒍に治む。終日にして畢り、七人を鞭ち、三人の耳を貫く。國老皆子文を賀す、子文之に酒を飲ましむ。蒍賈尚ほ幼し、後れて至り、賀せず。子文之を問ふ。對へて曰く、「賀する所を知らず。子の政を子玉に傳ふるや、曰く、『以て國を靖んずるなり』と。諸を內に靖んじて諸を外に敗らば、獲る所幾何ぞ。子玉の敗るるは、子の舉なり。舉げて以て國を敗らば、將た何をか賀せん。子玉は剛にして無禮、以て民を治むべからず。三百乘を過ぎば、其れ以て入る能はざらん。苟も入りて賀すとも、何の後るることか之れ有らん」と。
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